Children of Hermes
A STORY FROM THE BISHOP WORLD OMNIBUS
Featuring Hikari Hinomoto

2nd Grade : August




































カッ、と炙るように照りつける真夏の仮借ない直射日光、
灼熱を含んでユラユラと陸上トラックに揺れるかげろう、
吸い込む息すら苦しいほどのその灼熱の中で続けられる
ひびきの高校陸上競技部夏季強化合宿の練習メニュー。
 

ガシャン、ガシャン
 

規則正しく並べられたハードルを部員達が飛び越すたび、
スパイクの踵が白黒の横木に微かに触れて金属音を立てる。
ストライド(歩幅)を伸ばす為の「連続ハードルジャンプ」。
連日の猛練習で岩のように硬くなった大腿筋の力を振り絞り、
纏いついては精神力を削ってゆく熱気を意志力で振り払い、
陽ノ下光は終りなく続くようなハードルの列を飛び越える。
 

ガチャン、ガチャン
 

あと何台ハードルが続くのか。あと何回この練習が続くのか。
それを考えたが最後、今かろうじて自分を動かしている力は
多分跡形もなくどこかへと消えていってしまうに違いない。
光は一台一台ただ目の前のハードルだけに意識を集中させて、
一回ごとに全身の力絞り出すようにしながら飛び越えてゆく。
 

ガチャン、ガチャン
 

ひとうひとつ越えていけば、いつかハードルの列も終る。
一台一台飛んでいけば、いつかは今日の練習も終了する。
一台、次にもう一台-----
 
 

  ガシャン!
 
 

 「きゃっ!」
 

腿を持ち上げる力が少しだけ足りずに、光は足をハードルに引っかける。
空中でバランスを失った身体は容赦なくトラックへと叩きつけられる。
 

 「く、・・・」
 

焼けた匂いのする合成ゴムの地面に身体を横たえたまま、光は痛みに耐える。
横顔をトラックに押しつけた無様な自分の姿が分かっていても動けない。
 
 
 
 
 
 
 
 

・・・動きたく、ない。 このまま、いつまでも横たわっていたい。
たとえ頭上の直射日光とトラックの照り返しに炙られるとしても、
もう一度立ち上がってまたハードルを飛び続けるよりずっとマシだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

もう、これ以上動けない。指一本だって動かす気になれない。
自分はあれだけ頑張ったじゃないか。もういい、もう休ませて・・・
 
 
 
 
 
 
 

 「立てよ。」

ボンヤリと熱に浮かされたような頭の中に、その一言だけが響いてくる。
いつも一緒にいてくれる幼馴染みの少年の、いつもの優しさ忘れたような
思いやりの欠片さえも感じられない、ただ冷徹で非情な響きで届くひと声。
 
 
 
 

・・・どうしてそんな冷たい声を出すの? 君は、いつも優しいじゃない。
もう、わたしだって限界だよ・・・・もう、これ以上は走れないよ。
 
 
 
 

 「いつまでも寝っ転がってんじゃねぇ、立て。」
 
 
 
 

イヤだ、そんな言葉聞きたくない。 「もういいよ」って言って欲しい。
これ以上辛い思いはしたくない。優しくできないなら、せめてほっといて・・・
 

 「聞こえねぇのか光ィ!!とっとと立てェ!!」
 

打ちつけるようなその怒声に、ピクン、と光の身体が弱々しく蠢く。
ノロノロと腕が、やがて上半身が持ち上がり、少女はもう一度立ちあがる。
 
 
 
 
 
 
 
 

どのくらい倒れていたのだろう・・・多分10秒くらいか、もっと短い間か?
自分がトラックに転がっている間、他の部員の邪魔にならなかっただろうか。
ふう、と深呼吸して光はぐいっと涙拭い、無慈悲なハードルにまた向き直る。
少女が再び全身の力でハードルに挑みかかるのを見て少年は無言で場を離れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

きりがないと感じられた猛練習も、ひとつひとつメニューをこなせば終りが来る。
練習時間中、部員達を痛めつけ続けていた突き刺さるような夏の太陽の日差しも
少しは優しげな茜色の夕陽となり、やがて夏夜の星空に場を譲って沈んでゆく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

夕食とミーティングの後ようやく訪れる自由時間。
少年はTシャツとタオルをコインランドリーに放り込み
汗と土埃に塗れた身体を風呂に浸して少しは清めてから、
風呂上がりの微かに湿った身を合宿場の屋上へと運んだ。
 

 「あ、」
 

キィ、とドアが軋む音に気がついて振り向いた少女の姿が
屋上への入り口を開けた瞬間夜空と共に少年の視界に映る。
白無地Tシャツにジャージの下だけをはいた無骨な自分と違って
水色と白の横縞柄のTシャツにピンクの短パンの涼しそうな軽装。
練習終了後は、いかに体力を節約するかしか考えていなかった少年は
こんな時でも身繕いを忘れないらしい「女の子の心意気」に少し驚く。
 

 「光も、来てたのか。」

 「うん、夕涼み。」
 

そうか、と一言答えて少年は少女の傍らへと歩きながら
どこかなにか言い辛そうに唇を曲げた表情を浮かべる。
こちらをじっと見つめたまま相手が近づくのを待つ光から
少年は目をそらしたままの格好で光の顔を見ないで言う。
 

 「・・・午後の練習、悪かったな。」
 

思い当たることがなく、「え?」と声に出して首を傾げる光の
その大きな瞳をようやく見つめ直し、少年は気まずそうに続ける。
 
 

 「ハードルジャンプで・・・ホラ、俺、光を怒鳴って・・・」

 「ああ、なんだ、そのことか。」
 

けろりとした口調で答える光の微笑みに少年は続ける言葉をなくす。
クス、と光はひとつ小さな笑い声あげて、腕を背中の後ろで組みながら
そのまま一歩少年に近づいて、石鹸の香りのする距離から見上げ、言う。
 

 「謝らなくっていいよ・・・やだなぁ〜。」

 「いや、でも・・・かなり大声で怒鳴っちゃったしな。」

 「君は、わたしに悪いことをしたと思っているの?」
 

陸上競技部員としての判断と女の子を怒鳴りつけたと言う事実、
天秤にのせたらそのどちらが重いのか迷いながら少年は口篭もる。
少女の肢体から香ってくる風呂上がりの石鹸の匂いに気を散らされ、
余計考えがまとまらなくなる少年の前で光は彼のかわりに告げる。
 

 「悪いことしていないんだから・・・謝らなくて、いいよ。」
 

目を閉じ微笑みそう告げる光を少年は見つめ、光の言葉の続きを待つ。
瞼の裏に練習中の風景を思い描きながら、光が思い出すように呟く。
 

 「あのとき、手を貸してもらっていたら・・・わたし、多分あのまま負けてたから。
  あのまま自分に負けて立ち上がれなくなっていたから、あれで良かったの。」

 「・・・・・。」

 「ていうか、ホントはわたしがお礼言わなきゃいけないんだよね・・・ありがとう!」
 

いきなり最後の「ありがとう」だけ大声を上げピョコンとおじぎする光の動きに
ちょっとびっくりして思わず一歩身を退く少年を、光はもう一度笑顔で見上げる。
多少オーバーアクション気味な光の動きにちょっと意表を突かれて少年は黙り、
やがていかにも光らしい今の行動に小さく笑いを誘われ、クスクス声をあげる。
 

 「? なにが、可笑しいの?」

 「・・・ん? いや、光らしいな、と思って。」
 

首を傾けきょとんとした瞳で「どういう意味?」と問う光に少年は優しい視線向ける。
その眼差しに吸い寄せられそうな気持ちになって光はトクン、と鼓動ひとつ大きくうち
ドギマギしながら顔を逸らし、染まる頬が夜の闇にうまく紛れてくれますようにと願う。
その横顔しばらく優しく見つめ、やがて少年は首を横に向け、わざとおどけた声を作る。
 

 「しっかしやっぱり夏合宿はキッツいな〜。なぁんで俺、こんなところにいるんだ?」

 「あー、ホントホント。もう練習なんてやだー、おうち帰りたーい。」
 

練習中は口が裂けても言えない冗談半分本音半分の声が夜風に乗って響く。
言いたいことを言ってスッキリした気分でふたりは思わず声を上げて笑う。
ひと通り笑い、気が済んだところで光は少年に顔を向けてふと問いかける。
 

 「君はひびきの入ってから陸上始めたんだよね。なんで、君は陸上始めたの?」

 「ん? いや、俺、中学ン時けっこう体育祭とかで一位とっちゃったりしててさ。
  『俺、徒競走イケるんじゃねぇか?』とか思っちゃったりしながら高校入って、
  そしたら光も同じ学校で陸上やってるっていうから・・・まあ、いきおいで。」
 

実になりゆきまかせなその理由を悪びれもなくあっさり言い放ち肩を竦める少年を、
しばらく光はぽかんと見つめ、やがてプッと吹き出し口を押えてクスクス笑い出す。
そんな光につられて少年も笑い顔浮かべ、ふと真面目な顔になって逆に光に問う。
 

 「光は、なんで陸上始めたんだ?」

 「ん?わたし?  君を追いかけて、だよ。」
 

真っ直ぐ自分を見つめながら無邪気に光が放つそのストレートな言葉に
激しく心臓波打たせて一回身体を揺らす少年の前で、光は言葉を続ける。
 

 「君が引っ越していっちゃった時・・・わたしが、君を追いかけたこと覚えてる?」

 「ああ・・・後ろから、俺らの乗る車の後ろを一生懸命走ってきてな。」

 「うん、でも当たり前だけど全然追いつけなくて・・・
  ・・・当たり前なんだけど、それがなんだか悔しくて。
  それで五年生に上がった時、陸上クラブに入って・・・」
 

遠い幼い日々を思い出す光の瞳が少年を見据えたまま遠くなる。
別れの日の思い出に切なさ誘われ、光の瞳が夜空映し微かに潤む。
と、心の中の回想シーンが早送りで進んでいくにつれ、
光の瞳が輝きを増し、声に明るさと力強さが宿りだす。
 

 「そしたらなんだかグングン走るのが速くなっちゃって、
  六年生の時には小学校の代表選手に選ばれちゃって、
  そこで一位になっちゃって『気持ちいいーッ!』て思って、
  もうその感覚が忘れられなくて中学の時も迷わすに・・・」

 「をーい、光・・・それ、俺の存在、途中から消えてる。」
 

「誰を追いかけて何だって?」と呆れ混じりの視線で告げる少年を
しばらくきょとんと光は見つめ、しばらくして気づいたように笑い出す。
 

 「アハハ、ホントだ・・・途中から君、全然関係ない。」

 「をーい、そんなあっさり・・・ま、いいけどね。」
 

光の明るい笑い声を受けるように苦笑混じりに少年は答え、
ジャージのポケットに手を突っ込んで、笑い続ける光を見守る。
その視線に気がついたように光は笑うのを止めて少年見つめ、
静かな微笑み浮かべながら、ゆっくりと確かめるように呟く。
 

 「うん、もう君を追いかけて走るコトないんだよね・・・
  ・・・だって君は、ここで一緒に走ってくれているもの。」

 「そーですよ。今日も明日もあさっても、陸上部の練習は続きます。」

 「じゃあ、なんでわたしは今も走り続けているのかな?」
 

その時の光の声と表情は光自身もうその答えを知っていることを告げていた。
分かっていて、その答えを少年の口から確かめたいだけなのだと告げていた。
少年も当然分かっている答え、その答えを少年は気負いなく自然な声で告ぐ。
 

 「陸上選手、だから、だろ。」

 「陸上選手、だから、だね。」
 

意志のこもった瞳相手に向け、ふたりは同じ輝き相手の瞳に確かめる。
今、自分がいるところ。自分でここに立ち続けようと選んだ場所。
同じ場所に立つもの同士の無言の強いつながりを感じながら
ふたりは夜風に身をまかせ、しばらく言葉閉ざし立ち続ける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

少年が先に口を開いて、沈黙の時間を終らせる。
ドアに向かって身を翻しながら少年は後ろの光に声をかける。
 

 「さーて、こんなトコでダベっててもキリがない。他のヤツラんトコいこうぜ。」

 「了解了解♪ みんなでトランプでもしよっか♪」

 「元気だねー、光ちゃん。ま、合宿メニューも明日で終りだしな。」

 「そうそう♪ あと一日、頑張っていこー♪」

 「それが終れば楽しい打ち上げ、花火にスイカに肝試し・・・」

 「 う”。 」
 

それまでテンポよく相づちを打っていた光の声が謎のうめきに取って代わる。
なんだ?と少年は振り向いて、そこに引きつった顔で立ち竦む光を見つける。
 

 「・・・あー、そうか。光、オバケが大っキライだったな・・・」

 「ぅぅ・・・肝試し、どうしてもやらなきゃダメかなぁ・・・」
 

今にも泣き出しそうな顔で本当に目に涙浮かべ頼りなく聞いてくる光に
少年は困ったような苦笑い浮かべ、できるだけ優しい声を作って向ける。
 

 「練習よか、オバケの方がマシだろ?」

 「ぅぅ・・・ハードルジャンプの方が、まだいいかも・・・」

 「ハイハイ、わかりました・・・光の番の時は、俺が一緒に行ってやるから。」

 「うん・・・」
 

ぴと、と少年のTシャツに指でつかまり、俯いて涙声を光は出す。
迷子の小犬を拾ってしまったような心持ちで少年は肩をひとつ竦め、
そのまま光の指が離れないようゆっくりとドアに向かって歩き出す。
 
 
 
 
 

シャツ越しに伝わる少年の体温に、少年に気づかれぬよう光は指先に力込める。
 
 
 
 
 

満点の夏の星空の下 少年少女が寄り添いながら 屋上の上を歩いてゆく----
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

〜Fin〜

ED BGM:【Fighting Spirit】
歌:GLAY
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


後書き






引き続き、AQUA STREET10万HIT達成おめでとうございます!ということでアクスト100K記念第二段Featuring陽ノ下光。

陽ノ下さんは登場しょっぱなから幼馴染みの少年になついてくれて、その後も何かと幼馴染みの彼のそばでニコニコ居心地よさそうにしてくれる子犬系ヒロインでございますが、それと同時にコナミオフィシャルではこんなことも言ってます。-----「中学時代、陸上競技で全国級のスプリンターとして活躍。」

「君を追いかけて走りはじめたの」っていうけどさー、男のケツ追っかけてれば届くほど学生スポーツの全国大会は甘くはねぇんだけどな。(邪笑)そんなワケで今回「陸上競技部スプリンター・陽ノ下光」というところにスポットライトを当てて、幼馴染みの彼と別れていた7年間彼女が何をしていたのかなどというところに思いを馳せつつ、光ちゃんスポ根物語とあいなりました。

でもやっぱりラストシーンはあんな感じになっちゃうのよね。(苦笑)やっぱり陽ノ下光って、なんのかんのでふわふわ尻尾のよく似合う子犬系ヒロインだと思いますがいかがなもので。それでは皆様、またいつかお会いしましょー。


【お礼の後書き】

まずは、素晴らしい10万ヒット記念SSを、ありがとうございました!
しかも2本も…………「管理人冥利に尽きる」とはこのことです(感涙)

かつて、その独特な作品世界から「SSテロリスト」などと呼ばれた司教さんですが、
『流れゆく季節の中で』の完結から1年近くたち、「ちょっとは丸くなったかナ?」と思っていました。

ところがフタを開けてみると……

“カマトト優等生”の藤崎詩織は、おそらく業界いち素直な“小娘ちゃん”に、
“尻尾フリフリ犬娘”の陽ノ下光は、おそらく業界いちストイックな“アスリート”に、
それぞれ大幅なチューンアップ(?)が施されていて、こちらの予想を大きく外して下さいました♪

オマケに、ちょっと詩的な文体で“日常”を淡々と切り取るスタイルも健在でしたネ!

司教さんには当サイト掲載SSの半数以上を投稿していただいていることもあり、
私としてはナカナカ強い思い入れのある書き手さんなんです。

イメージは、(良い意味で)「自分とは全く違う作風を持つ人」(笑)

もちろん、厳密に言えばみんな違いますし、またそれが当然なんですが、
ここまで自分との「違い」を実感させてくれる人というのも珍しいんですよネ。

特に『ときメモ』にハマッたわけでもなく、どこかサメた視点で書いている点では、
司教さんと私は似たようなところがあります。
どちらも「邪道」を名乗り、「恋愛以外の要素」にもスポットライトを当てている点も共通しています。
もっと言えば、キャラの受け止め方にも似たようなところがあったりします。

それでも、出てきた作品は「ここまで違うか!?」というくらいに違う。
そうですね、ワタクシ的には「“書く側の醍醐味”を実感させてくれる人」といえるでしょうか。

そんなこんなで、今後も引き続き“司教作品”には注目して行くつもりです。

いま“BWO”と書かず“司教作品”と書いたのは、読みたいのは必ずしも『ときメモ』SSとは限らないから。
むしろ違う分野の作品も読んでみたい気がするのは、私だけではないでしょう♪

というわけで、繰り返しになりますが、本当にありがとうございました!
今後もアクストをヨロシクお願いします!!


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