いつから彼女の隣にいたのかは分からない





     いつから彼女と僕に差が出来始めたのかはよく分からない





     いつから彼女と僕の間に壁を出来始めていったのかは何となく分かっている





     そして・・・彼女に僕がはっきりと拒絶された日のことは今でもはっきり覚えている














命の限りに輝いて 
第一話「始まりの日」




















一人の少年が家を出てきた。
その表情はとても嬉しそうでまるで
この世の絶頂にあるようにも感じられる。
春のやわらかい陽射しと四月のやさしい風が
まだ着慣れていない制服を持て余す
少年を祝福するように包み込む。
少年は立ち止まり自分の姿をまじまじと見直していった。
自分が着ている煌高校の制服、
何度も何度も見直してまた合格発表から何度目になるのか
分からないほど感じた喜びと合格の実感を感じる。
今日はこれから通っていく煌高校の入学式であった。

空に向かって叫びたくなる衝動を抑えても
自然に笑みがこぼれてくるのは抑えられず
にやける少年を見つめている二つの視線があった。
ふと少年が視線を感じ何気なく振り向くと
そこにはいつのまにかドアを開け出てきていた
母親・志穂が笑いを堪えながら立っていた。

 「な、何だよ。いるんなら声ぐらいかけてよ、趣味悪いな」

 「あらそんな言い方無いんじゃない?せっかく公が忘れた鞄持ってきてあげたのに」

 「あぁ!ごめん・・・」

一変バツが悪そうにうな垂れる公と呼ばれた少年に志穂は近寄り鞄を渡し言う。

 「ほんと、あんたがっこ行ってからどうするつもりだったのよ」

 「ナハハ・・・ごもっともです」

 「フゥ、もう高校生なんだからそのおっちょこちょいのとこ直しなさいよ、
  そんなんじゃ詩織ちゃん振向いてくれないわよ」

 「ハハ・・・イゴキヲツケマス・・・」

公は志穂から鞄を受け取ると“主人”と書かれた表札のかかった門を開け道路に出る。

 「じゃあ、行ってきます」

 「はい、行ってらっしゃい。入学式は見に行くからね」

 「ん、分かった」

また喜びの笑みがこぼれ出てくることを
抑えられないまま歩き出す息子を見送った母は
合格発表までずっと感じずには入られなかった、
今となっては懐かしささえ感じる不安を思い出して
自分も自然と笑みが出ているのに気付き、
息子のことに思いをめぐらしていた。

 (フフッ、きら高しか受けないって言い出したときはどうなることかと思ったけど、まさかあの子が受かるとはね~
  わが子ながら今でも信じられないわ。
  まったく、やれば出来るくせにあれほどやらなかった子があんなに頑張れるなんて・・・
  あの子も本気の本気って事かしら?それとも・・・)

そして志穂はドアに向かいながら隣の家の二階の窓を見てそっと口を動かす。

 「・・・あなたはどう思う?・・・」

答えが返ってくるわけでもないのに聞いた質問は虚しく晴れ渡った空に溶けていった。



























志穂が家に入っていった頃公はにやけながら歩いていたが
隣の家に差し掛かったとき足が止まっていた。

“藤崎”と書かれた表札のかかったその家の前で
公は何とも言えない表情で立っていると
一人の少女がドアから飛び出してくる。

緋色の肩まで伸びたロングヘアーにヘアバンドが印象的な、
美人でありながら少女の面影も残したそんな女の子。
そして煌き高校の制服に身を包まれている。

その女の子は“藤崎詩織”と言い、
公とは同い年で家も隣同士ということもあり
ほぼ生まれたときからの付き合いで
小、中ともほぼ同じクラスであった。

公と詩織が目が合ったとき公は前々から決心していたことを決行しようとした。

 「・・・あ、し・・・」

 「おはよう・・・・・・主人くん」

詩織は目線を公から離しさらに
やや沈みがちで俯いたように落とすと
公が何か言おうとするより前に言葉を放つ。
彼女の口から放たれた公には何の感情も
込められていないように感じられる言葉。
公が言おうとした瞬間に機先を制すような
その言葉に公の心は凍り付いてしまった。
短い言葉の中に意味されているものを
なまじ感じてそれを考えてしまった為に
最早公の決意など崩れ落ちてしまう。

 「おはよう・・・藤崎・・・さん」

それだけ言うと公は俯いてうな垂れる。
たまらなく居心地の悪い空気が流れてしまい
公は何か言おうとするが何を言えばいいのか
分からないことに苛立ちまた焦ってしまう。
そんなとき救いのように再びドアが開かれ人が出てきた。

 「ちょっと、詩織!何でそんなに慌てて出てくのよ?
  ・・・ってあら!?公くんじゃない、お久しぶり!!」

出てきたのは詩織の母親・良子だった。

 「あぁ、お久しぶりです、おばさん」

 「あっ!そういえば直接お祝い言ってなかったわね。
  合格おめでとう。
  ごめんなさいね、おそくなっちゃって」

 「とんでもない、ありがとうございます。
  ほんと自分でも信じられないですよ、僕がきら高に受かるなんて」

 「・・・そうよね。あなたの学力で受かるなんてほんと信じられないわ。カンニングでもしたんじゃない?」

 「こら、詩織っ!!あなた何てこと言うの!!
  いったい何拗ねてるのよ、この子はもぉ!?」
 
 「うるさい!・・・お母さんは黙っててよ。
  ・・・もぉいい、私行くわ」

そう言うと詩織は鞄を胸に抱えて小走りに走り出して行ってしまう。

 「ちょ、ちょっと詩織!フゥ、公くんごめんね。
  あの子って変なところで強情だから、それとも反抗期かしら?」

 「・・・あ、じゃあ、僕も行きます。それじゃあ」

 「あぁ、行ってらっしゃい。志穂さんと一緒に入学式は見に行くからね。
  ・・・後、詩織見捨てないで頂戴ね」

軽い冗談であろうことは分かっているが
公は苦笑さえも出来ずにその場を離れ、
先に行ってしまった詩織の後を追うように歩き出した。










少し行った先の角を曲がると公の視界に詩織の姿が見えてくる。
男子の公の歩幅の方が大きいため追いついてきたのだろう。
そして歩くリズムは同じためだんだんと近づいていく二人。

しかしある程度の距離まで近づくと
公はリズムを変え歩幅を縮めて一定の距離を保とうとする。
歩くリズムも歩幅も違うというのに
結局二人の進むスピードは同じになっている。  
いやずっと同じというわけではなく、
公は僅かではあるが近づこうとするのだが、
何かを言おうとしてその言葉を飲み込み止めてしまう、
そんな風に躊躇い諦めまた元の距離に戻ってしまう。

決して振向こうとはせず前だけを向いて歩いてゆく少女、
近づこうとして諦め前より若干離れて結局元の位置に戻る少年、

一緒に歩いていると思えるほどには近づいてはいなく、
かといってまったく関係ないと思えるほどには離れてはいない。

しかしそれはもしかしたら有名な進学校でありながら部活も盛んで、
校風もかなり自由、校舎の巨大さや施設はとても高校の施設とは思えない充実ぶり、
そしてそれだけの学校としての入試のレベル、そういうここら辺一帯では

                  
『限りなく近くて限りなく遠い学校』

で有名な煌高校の制服を着た二名の学生が
中途半端な距離を持って歩いているために
知り合いなのかと思えるだけなのかもしれないが。

そんな二人の間に存在する微妙な距離が
今の二人の関係を如実に表している様に思える。


だんだんと煌高校に近づいて行くにしたがって歩道を歩く人の数も増えていく。
二人も紛れていくにしたがって両者の間にあった空間にも同じ制服を着た人が入り
二人はもう煌高校へと向かう群集の中の一人と化していった。

煌高へと向かう新入生が皆同じように
喜びに溢れているように見える中で
公だけは一人だけとても異質に、
うな垂れた様に少し俯きながら歩いていた。

公は人波に紛れ見えなくなっていく
詩織の姿をもう一度視界の隅に確認すると
静かに、声には出さず自分を奮い立たせた。

 (いいさ、これで終わりってわけじゃぁない、
  僕は三年間という時間を手に入れたんだから。
  まだまだチャンスはあるさ、少しずつ・・・少しずつでも近づいていければいいんだ。
  今日が駄目ならまた明日に、明日が駄目ならその次の日に。
  そうさ僕には、僕らには、まだいくらでも明日はあるんだから!!)


ちょっと芝居がかってたかな、とは思ったが
公はウンウンと自分の考えに自分で頷くと

顔を上げ見えてきた煌高の校舎を見据えて、
満開の桜並木へと入っていった。




今が盛りと咲き誇る桜の天蓋に覆われた光溢れる並木道    ー



少年少女は向かってゆく、まだ見ぬ彼らの舞台へと     ー











校門まで続く百メートル程の桜並木を
越えていくと校門が見えて来る。
優しい色の舞い散る桜の花びらと校門の横に
掲げられた白い看板に書かれている黒い文字。






45


















そのそっけないまでの白と黒のコントラストを
周りで舞う桜色の花びらがより引き立てている。
そんな校門の端で公はふと歩みを止めると
しばし桜と黒と白の看板に見入っていき、
その看板に書かれた文字を一字一句
噛み締めるように眺めてポツリと呟く。

 「よっし、ここが僕の新しい出発地点になるんだ・・・」

誰に向かって言ったのかも分からなかった公の言葉は、
桜の枝を揺らし春のイルミネーションのような花びらの
ワルツへまた新たな参加者を繰り出していく四月の風に導かれ、
校門を抜けクラス分けが張り出されているはずの玄関近くの
掲示板へと向かう公を送り出していく様に流れていった。









人ごみに溢れた掲示板前。
その人の多さに驚きながらも公は何とか身を乗り出して自分の名前を見つけようとする。

 「ん・・・っと、主人、主人っと。・・・Aか」

生来の視力の良さから人垣の後ろからでも自分の名前を発見できた公は
次に自分の名前を探すときとは比べ物にならない集中力で
自分のクラスの名前を一人一人確認していく。
公や詩織は地元なので親は後から来ても十分入学式に間に合うのだが、
家が離れているとそういう訳にはいかず父母同伴で来ている生徒も多い、
と言うかそういう生徒のほうが多く思いのほか人でごった返していた掲示板前に
少しウンザリしていたが目当ての名前を自分のクラスの中で
見つけると運命の神様に感謝をして校舎に入っていく。







公が教室に入ると中にはすでに結構な人数がいて、座席は大体埋まっていた。
黒板には何も書いていなく取り合えず皆思い思いに勝手に座っているようなので、
公は空いている真ん中の列の後ろのほうの席に座る。

鞄を机に置くと視線を泳がせ教室を見渡す公の目に
先ほど名前を確認した緋色の髪の少女の後姿が入ってくる。
早くも行動的な男に声をかけられているその少女を
しばらく眺めていると突然肩を叩かれて声をかけられた。

 「よぉ、お前も良いと思うべ、彼女!?やっぱレベル高いよな~、きら高の女子は!!」

肩越しに首だけ回して振向くとそこには黒い瞳に明るい小麦色をした髪を
アップにしている少年が笑顔で後ろの席に座っていた。

 「あ、俺は早乙女好雄。好雄って呼んでくれ。よろしくな」

 「あ、えっと、僕は主人、主人公。こちろこそよろしく」

妙に馴れ馴れしい態度の割にはあまり不信感を感じさせない
少年の笑顔が今の公には正直ありがたかった。

公が通っていた地元の中学から煌高を狙えるレベルにいたのは
トップクラスの成績の者たちばかりで
それほど成績が良くなかった公とは普段中々接点が無いので
結局受かった者の中に公の知り合いは極少数しかいなく、
同じクラスには知っている人と呼べるのは詩織しかいないのだった。
しかしその詩織にも話しかけることさえ出来ない状態では
どちらかといえば内気な公は友人作りなどに結構不安があったのだが、

取り合えず眼前の少年のおかげでその不安は無くなるように思えた。

 「しっかし、レベル高い中でもうちのクラスでは藤崎さんは頭一つ違うな。公もそう思うだろう?」

 「え?あ、う、うんそうだね。って何で彼女の名前を知ってんの、君?」

初対面なのにもう下の名前で呼ばれることに
特に違和感を覚えさせない好雄の雰囲気や間の取り方よりも、
公には何故この男が詩織の名前を知っているのかということのほうが頭を駆け巡っていた。

 (え?違う中学だよな・・・なんだ、詩織ってそんな有名なのか?)

そんな憶測が頭の中で生まれては消えまた新しいものが生まれてくる。

 「あぁ?だから好雄でいいってば!何でっても、さっき彼女から聞いたんだよ」

そう言われて公は先ほど詩織に声をかけていた男の一人が
目の前の少年とよく似ていたことを思い出す。
すると好雄はポケットから手帳を取り出しペラペラ捲って
『F』とラベルの付いたページを開くと続ける。

 「藤崎詩織、九月二十八日生まれ一人っ子、乙女座、十五歳、煌生まれに煌育ち、
  趣味はクラシック音楽など、部活は吹奏楽部を希望、とまぁ今んとこはこんなもんだ」

手帳から顔を上げるとボケッと呆けている公を見て
好雄は呆けている理由を勘違いしたのかさらにページを捲って続けていく。

 「何だよ、タイプじゃないのか?・・・そうだな、元気な娘がいいなら虹野さんって娘もいるし、
  大人しい娘なら如月さんかな、それとも大人っぽい娘が好きなら鏡さんがいいと思うぞ、それに・・・」

 「ちょ、ちょっと待った!!・・・好雄・・・君って何者?」

公は心底思った、止めなければ幾らでも出てきそうな情報を持つこの男は何者なのか、と。

 「フッフッフッ、良くぞ聞いてくれました。さにあろうこの俺こそが『きら高の愛の伝道師』早乙女好雄よッ!!」

 「・・・ア、アイノデンドウシ?」

 「おうよ!!」

ビッと親指立てて自分を指差す好雄に、しばらく公は固まってしまう。
そしてようやく思考回路が動きを再開すると一つの疑問が出てくる。

 「・・・・・・えっと・・・ごめんなさい、先輩ですか?」

 「ってなんでだよ!!」

 「だ、だって通り名に『きら高』って付くぐらいの人ならもう長いんじゃ・・・ハッ!もしかして留年!?」

 「うっさい、自称だ、自称!!俺は正真正銘新一年生だっつうの」
                
                
               
 「「・・・プッ、ククク、ッハハハハハハハハーーー・・・」」



 「まぁ何はともあれ、これからよろしくな、好雄!」

 「おう、こっちこそよろしくな、公!」

知り合ってからものの数分しか経っていないのに、
意外に見事なコンビネーションを発揮している両者は
どちらからともなく笑い出し硬い握手を交わす。






 「なぁ、好雄。ところで『愛の伝道師』って結局何なの?」

 「ん~、そうだな、情報屋とでも思っといてくれればいいよ」

 「ふ~~ん」

公はネーミングセンスは別として純粋に好雄に驚いていた。
中学時代公は詩織が男子と話しているのを数えるほどしか目にしていない。
その詩織から初対面の男があれほどの情報を引き出すというのは尋常なことではないだろうし、
ちょっと覗き見ただけだけれどももうかなりの数の名前が入っている手帳や
先ほどの他人に敵対心を持たせずに相手に踏み込めることから見ても
この男はパッと見の軽い感じとは違う別の一面を持っているように思えた。














打ち解けた公と好雄がしばらくお互いのことを話していると放送が流れてきた。


  『入学式を行います。新入生は講堂に集まってください』


それを皮切りに学校の椅子特有のガタガタッという音を立て
立ち上がるクラスメイト達と共に二人も講堂へと向かっていった。

講堂は校舎とは別棟に建てられているため
校舎とは渡り廊下でつながっている。

公は何の気もなしに立ち止まり中庭に目をやった。



                         そこで公は見た

                         一際大きく聳え立つ一本の木を

                         四月の風に梢を揺らす一本の大木                    




 「ん、やっぱ気になるか?え、公!?」

立ち止まっている公に妙に面白そうな顔で好雄は問う。

 「え、何が?」

 「何ってあれだよ、あれ。伝説の木!!」

 「伝説の木?」

先ほど見ていた大木を指差しながら出た好雄からの
耳慣れない単語の意味が分からず公の表情は困ってしまう。
その表情から公が本当に知らないことを好雄は悟ると、
大げさに額に手を当てて顔を振りながらため息混じりに説明する。


 「ハ~、公、お前ほんとに煌市民かよ・・・
  ったく、その分だと伝説も知らねぇんだろ」
      
 「・・・伝説・・・?」

 「あぁ。ほら、あの木。あの木はな『伝説の木』って呼ばれてて、それでな、
 

“卒業式の日に『伝説の木』の下で女の子から告白して誕生したカップルは永遠に幸せになれる”

 
  ってのがあるんだよ」

 「へぇ、それが伝説か。随分霊験あらたかなんだな、この学校も
  ・・・でも、女の子から限定かぁ・・・女神様ってとこなのかな」

 「いやまぁ、神様とかその類なのかどうかは知らんけど、なんつうかさ、
  ご利益があるかどうかというよりは伝説があるってことが重要なんじゃないか?」

 「・・・・・・それってどういう・・・ってお~い、待ってよ」

何かもったいぶった言い方の言葉からは好雄の言いたいことが分からず、
ちょっと考えた挙句聞こうとしたのだがいつの間にかスタスタ先に行ってしまった
好雄の背中に公は何故か続く言葉を失い結局全然違う言葉をかけて後を付いて行った。

 
























        公が向かっていった先にあるのは




     これから始まる物語の始まりの儀式



              
              今日は三年間という公の全てを懸ける物語の




                  始まりの日








                                          
<to be continued>






ドクさんへのメール  hispitalofdoku@hotmail.com



inserted by FC2 system