ストン、と軽い音を立ててそれはポストに入っていった。




      人の人生を左右するにはあまりに薄く軽い物




      しかし毅然とそれは存在していた 
      



      そしてそこから僕の人生は変わったのは間違いない




      その一通の封筒に入っていた書類の内容は














 主人 公          再検査   




















命の限りに輝いて 
第三話「終わりの見えた日」


















もうすでに入学式から一週間が過ぎようとしていた。
段々とだがクラス内の人物の性格や好み等が分かり
それぞれが普段一緒に行動するグループを作る時期。

そのグループ作りは公のような自分から話しかけるのが
苦手な人にとってみればなかなか難しいものなのだが、
明るい好雄のおかげで殆どのクラスメイトと知り合えた。
そんな平々凡々な日々の中でその知らせはやってきた。





 「再検査?今日?伊集院病院で?」

 「ハァ・・・そうなんだよ。通知が来てさ。好雄、君はだいじょぶだった?」

 「あぁ、来てないからだいじょぶだろ。
  まぁ、そんなに心配すんなよ。
  けっこうあるらしいぜ、そういうの。
  なんでもないけれど再検査になるとかよく聞くぞ」

 「そうかな・・・うん、そうだろうね!」

楽観的と言われようが「自分とは関係が無い」とどうしても考えがちなこの手の話題。
人というのは最悪の事態を直視しようとはしない、それはある種の防衛本能なのかもしれない。

 「そうそう!!それよかせっかく駅前に行くんなら検査終わったら一緒に買い物しないか?
  新しくショッピングモールが出来たんだよ。検査はそんな時間かかんないだろ?」

 「うん。特別予約とか言うのができるから待たずにすぐ出来るんだってさ」

 「ハー、あのオボッチャンと一緒のがっこだと色々特典付くんだな~」

 「かもね。終わったら連絡するよ」

 「おう、じゃあ頑張れよ!ってのは変か?」

 「ハハハ、変だよ。っともうこんな時間だ、行かないと。じゃまた後で」

 「あぁ、また後でな」

そうして公は志穂と途中で合流して、好雄は時間を潰しながら駅へと向かっていった。

















 「はい、これで終了です」

ナースの宣言でようやく何度しても慣れないこの検査というものに
やっと自分が解放されることになり公は診察台から起き移動すると
服を水色の診察服から学校の制服に着替え医師の居る部屋へと移る。

 「お疲れ様、主人君」

机の上のカルテをペラペラと捲りながら公に声をかけた人物、
一般的な医者のイメージとは大分違い白衣を着ていなければ
スポーツ選手かと思えるような感じをしていた人物だった。

 「検査結果は二、三日後には出ますから。
  お疲れ様でした、今日はこれでおしまいです」

 「あ、はい。ありがとうございました」  

 「お世話になりました、先生」

公と志穂は医師にそれぞれ頭を下げると部屋を出て行こうとするのだが、
この時にもう公はこの後の好雄と行く買い物のことしか頭にはなかった。
そのせいで看護婦が志穂に耳打ちしていることにも気付いていなかった。










 「公。母さん受付してくるからあんた先に帰ってなさい」

 「なら、僕好雄と約束あるからもう行くよ?」

 「あ、あぁそうなの」

 「じゃあ行くね」

志穂は公と別れると受付には向かわず、もと来た道を戻り先ほどの部屋の前に来ていた。
ノックをしようとするがどうしようもなく躊躇ってしまって途中で止まってしまった。
喉がカラカラだった、唾が出てこない、動悸も速くなってきているのが自分でも分かる。
さっき看護婦に言われたのは公と別れ一人でこの部屋にもう一度来て欲しいということ、
場所が場所だけに最悪の予想が自分の中に生まれてくる。公と別れる時平静でいられたのが
不思議なほど怯えていた。しかし想像より遥かに辛い現実であることを彼女はまだ知らない。
湧き出る不安をやっと出た唾と共に飲み込むと志穂はドアノブに手をかけそのまま目を閉じた。
もう一度、もう一度だけ息を深く吸い込むと回す志穂、わずかな金属音を発し開かれるドア。

 














 「好雄。ここカップルばっかだね」

 「そうだな」

 「僕らすごく浮いてるね」

 「そうだな」

 「ちょっと恥ずかしいね」

 「そうだな」

 「今度朝日奈さんと来るつもりだよね」

 「そう・・・・・だな」

 「下見のために来たんだよね」

 「・・・そうだな」

 「ま、いいけどね」

 「そっか」
















志穂が部屋に入るとそこは先ほどまでの雰囲気とはまるで違っていた。
医師というものは時に役者としての資質が必要とされるのかもしれない。
絶対にばれてはいけない嘘、笑顔で正反対のことを患者に伝える場面。
それが本当に必要なのか、本当に正しいのかは誰にも決められない。

 「あの・・・先生・・・・・・?」

 「・・・辛いお話になりますがどうかお気を確かに聞いてください。
  実は・・・・・・息子さんは非常に稀な病気にかかっています。
  突発的ケルノニアン症候群と呼ばれるもので世界でもまだ二百例も確認されていません。
  これは初期症状はほとんど無くただ血液中にETAと呼ばれる物質が確認できる・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 「・・・悪性の腫瘍が短期間に爆発的な速さで増殖を始め・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 「・・・症状が出るまでに二年から三年の潜伏期間と言うか・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 「・・・そして・・・これは非常にお伝えしづらいんですが、
  未だに効果的な治療法は確立されてはいないんです」

 「・・・・・・・・・!」

この時志穂は生まれて初めて絶望と言うものを感じた。

 「・・・それと、・・・・それと致死率は100%なんです」

 「・・・・・・・・!!」

 「・・・息子さんへの告知についてなんですが
  こちら側としてはご両親と共に話し合って決めたいのですが」

 「・・・分かりました。主人と来ます」

 「ただ、私個人の意見としては告知はした方が良いと思っています。
  全てを知ってもなお生きようとする心、生き抜こうと思える強さ、
  それが病気を治す力になってくれるんです。
  人には、人の心にはそういう力があるんです」



 

















 「こういう時医者になったのを心底悔やみたくなるね」

静かな部屋の中イスに深く座り込んで目頭を抑え
医師・高瀬典行は看護婦に小さくこぼしていた。

 「そうですね。いくらやっても慣れないですね、こういうのだけは」

 「裁判官の死刑判決を言うのみたいなもんだからな」

 「でもあっちの相手はそれだけの罰を受けることをした人たちですよ」

 「確かにあの人たちはそんなことを言われるようなことはしてないだろうな」

 「そう考えると私達の方が辛いですね」

 「そうだな、でも一番辛いのは本人だろうな」

 「高校生になったばかりですもんね」

 「受け入れられると思う?」

 「病気をですか?」

 「いや病気になったという現実を、だ」

 「さぁ、分からないです。でも・・・出来なければ」

 「出来なければ?」

 「・・・止めましょう。私達がここでどうこう言ってどうなるものではないですから」

イスを回転させ窓の方を向くと
空を見上げて高瀬は呟いた。

 「・・・結局は本人しだいか」
























その日から三日が過ぎた日の晩。

 「公、話がある。ちょっと座りなさい」

公は父親・英介からの改まった物言いに幾分緊張するのを感じつつ
最近は怒られる様なことはしてないよな、などと思いながら座った。

 「これから話すことはお前にとって大変重要なことだから落ち着いて聞け」

 「あ、うん。で、何?」

英介は今この瞬間も悩んでいた。いや悩んでいるというより恐れていた。
事実を知り息子が自暴自棄になってしまうことが心から恐ろしかった。

 「・・・・・・・」

 「あなた・・・あなたから言えないなら私が」

 「いや。・・・公、お前の・・・お前の余命は後・・・・・・三年だ」


       何を?


 「え?」

 「突発的ケルノニアン症候群と呼ばれる病気らしい」


       何を言ってるんだ?


 「初期には何の症状も無いが進行が進むと
  腫瘍がかなりの速さで発生し始めるようだ」


       何を言ってるんだ、この人達は?


 「そこまで症状が進むのが今の状態から
  大体二年から三年らしいんだ・・・」


       僕が


 「非常に稀な病気だと先生は言っている」


       死ぬ


 「すまん・・・治療法は・・・
  ・・・無い・・・・・らしい」


       僕が・・・死ぬ


 「だからこれからをどう生きるかを」


       三年後には・・・


 「どうしていくかを自分で、自分の手で考えて欲し」


       僕が三年後にはいない?


 「ふざけるな!!何だよ!?どうしてだよ!?
  僕は今こうして何とも無いじゃないかよ!!
  何だよ余命って!?三年って!?
  何なんだよ・・・何なんだよそれって!!!



 「・・・すまん」

 「あぁ・・・・あ・・あ・ごめ・・ごめん・ごめんなさい
  ・ごめんなさい・・・ごめん・・うぅ・・ごめんなさい」

 「何で謝るんだよ!!?どうして!!?
  どうして、何でだよ!!!??

  止めてくれ!!謝るなよ!!謝らないでくれよ!!!

 「・・・・・・すまん」 

 「ごめんなさい・・・うぅあ・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 「ハァー、ハァー・・・・・・何で僕なんだよ・・・・・・何で・・・
  うぅ・・・う・・・うぁ・・あああぁぁ、うああああぁぁぁぁぁ!!!」

 
泣いていた、みんな泣いていた。
それぞれがそれぞれに泣いていた。

父は子を、母は変わってやれない自らを、
子は自らにかかる理不尽さを思い泣いていた。 




















泣き止んだ頃には少し落ち着くことが出来たが
しかし、それでも公は今は一人でいたかった。
二人の前に居ると非難してしまいそうで嫌だった。

明かりもつけずに暗い部屋でベッドの前に俯きひざを抱えている。
頭に浮かぶのは『何故』という一言だけしか浮かんでこなかった。
それを考えても何にもならないことは分かっているはずなのに、
それでも・・・それでも考えざるをえない自分がそこにはいた。

開け放していた窓から四月の風がカーテンを大きくゆっくりたなびかせて
夜になり冷たくなった空気と隣家から聞こえてくるピアノの音を連れてきた。

  ベートーベン作曲 ピアノソナタ8番

今まで聞いた音色とは違う時に激しく、時に優しく感じるピアノの独奏。
公はその音色に引かれるように、何かを求めるように手を伸ばしていく。

 「・・・しお・・・・りぃ・・・」

自分でも意識せずに言った言葉に伸びる手は進みを止め、
その手は中空を掴むとあらん限りの力で拳を握り続けた。


そして公はこの時理解した、決して自分はこの手を伸ばしてはいけないのだと。
いつも聞いていたはずのピアノの音色が公の心を激しく揺さぶりかき乱した。
爪が食い込むほどに握り締めた手はゆっくりと戻され頭をその手で抱え込んだ。

 「うぅぅ・・うあぁ・・・うあぁぁぁぁぁ・・・・ぁぁぁぁぁ・・・・」

公は・・・泣いた、再び泣いた。
声を荒げず静かに泣いていた。































 「公?今日ぐらい学校休んでも・・・」

 「別にだいじょうぶだよ」

皆が寝れなかった次の日の朝いつもどおりに制服に着替えて降りてきた公、
涙の跡が残った顔で微笑むのを見て志穂は最早これ以上何も言えなかった。

いつもどおり学校の制服で鞄を持ち革靴を履いて、
いつもどおりより少し遅い時間に家を出た公は
いつもどおりとはまったく違う道を歩いていった。

公は伊集院総合病院の一角にあるイスの上で座っていた。
何をするわけでもなく目の前を歩いてゆく人達を眺めている。

 「お兄ちゃん、どうしたの?ご病気なの?」

 「エッ!?」

公が声の方を振り向くとそこには年の頃は八、九才の女の子が立っていた。
その子はパジャマを着ていることからおそらくここの入院患者なのだろう。
チョコチョコという擬音が聞こえてきそうな感じに近づいてきて隣に座る。

 「ねぇ、だいじょうぶなの?」

 「エ・・あ、あぁ、だいじょうぶだよ。
  でも何で僕が・・病気だと思ったの?」

 「だってお兄ちゃんとっても痛そうなお顔してたから」

 「痛そう?僕そんな顔してたの?」

 「うん。真奈がお腹痛いのを我慢している時みたいだったよ」

心配そうな顔だったのがだいじょうぶだと聞いた瞬間天使のような笑顔になる。
そんな真奈と名乗る少女に自分を見透かされているような気がして俯き黙ってしまう。

 「どうしたの?やっぱりどこか痛いの?」

 「いや・・・だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。ありがとう」

公は微笑み少女の頭を優しく撫でる。

 「真奈ちゃ~ん!?どこ~?検温の時間よ~?」

 「ほら、看護婦さんに呼ばれてるよ?行かなくちゃ」

 「うん!じゃあまたね、お兄ちゃん。バイバーイ!!」

 「バイバイ」

公の微笑みに納得したのか少女は公に笑顔で手を振ると
元気良く彼女を探しに来た看護婦の下へと走っていった。

少女が行くのを見送った後公はイスから立ち上がり病院を後にした。
結局公の考えは見当違いであり答えも分からなかったが、だからといって
それで自分に希望が持てるかというとそれも別問題なのは確かである。

外に出るともう太陽が真上近くまで上がって四月にしては陽射しが眩しい中、
公は病院の目の前にある駅に吸い込まれるように入っていき来た電車に乗る。
別にどこか行きたい場所があったわけではない、何となく電車に乗っただけだ。
ラッシュを外れた電車の中で座る公は電車に乗っている普通の学生に見えた。

 「次は~『煌海岸前』~、『煌海岸前』~」

ただ海が見たくなった。駅を出るとすぐ目の前には海岸が広がっていた。
季節外れの海岸でただ聞こえるのは押し引く波の音と海鳥の声だけの中、
人っ子一人居ない砂浜を公は一人歩いていく。黄色に近い色の砂浜で
ただ一つ異物な黒い色の公、先程と変わってないはずなのに確かに異質である。

 「ハハ」

輝く太陽、蒼い海と空、白い雲、黄色い砂浜、そして異質な黒い公。
吹き付ける潮風の中何故かそれが公には可笑しく感じられていた。
一度腕時計で時間を見た後、公はその時計を外すと力いっぱい投げた。
チャポンと音をたて時計は海の中にその身をユラユラと沈めていく。

ゆっくりと海岸を歩いていると公は切り立った崖を見つけた。
その崖を登りわずかに残っている草地の部分に腰を下ろす。
光を反射して蒼く輝く海やそこに白いラインを幾重にも引く波と
直視できないほどに光り輝く太陽をただ静かに眺めていた。




何時間経ったのかも分からないがあれほど輝いていた太陽は沈みかけ、
蒼い世界だったのが金色にも似た紅に染まって行くのは美しく見える。
夕焼けに染まる空と海、激しく人を魅了する波の音、優しく香る潮風、
その全てが公には・・・・・・今の公には絶望にしか思えなかった。

 「死ぬか?」

一体誰に聞いたのか、もしかしたら自分で自分自身に問うていたのかもしれない。
しかしその言葉は潮風に乗ってすぐに消えてしまったが答えはもう決まっていた。

公は立ち上がり断崖に行くとゆっくりと目を閉じた。

目を閉じると今まで感じていた恐怖が、不安が、怒りが無くなり波の音も潮風も消えていくのを感じる。
そして・・・この先にある輝ける世界が・・・これから来る永遠の安らぎが・・・訪れる・・はず・・・













しかし・・・


トクン


変わりに・・・


トクン


聞こえてきた・・・


トクン


一つの・・・


トクン


音・・・














公は突然目を開けると胸を叩き始めた。

 「もういいんだ!!もういいんだよ!!止まれよ!!
  もう動かなくていいんだ!!止まっていいんだよ!!!」

公は胸を叩き続けた、何度も何度も・・・何度も何度も。

 「・・・もういいんだよ・・・もう・・・・・・
  止まれよ・・・・もういいんだ・・・もういいんだから
  ・・・もう・・・もういい・・・もう・・・・・・」

公は地面に突っ伏し呻きながらも叩いた、心臓が止まるように。
それでも止まらなかった、この時公は自分の命の鼓動を感じた。

もう一度言おう、公はこの時自分の命の鼓動を感じた。

公の精神が折れ死を望んだ時も公の肉体は生きることを止めなかった。
次の瞬間に自分が死んでいるかもしれないときも生きようとしていた。
そこに公は自分の肉体の命の鼓動を感じていた。そして自分は生きている、
当たり前かもしれないが今ここで自分は生きていることを思い知らされた。

叩くことを止め仰向けになり夕焼けに染まる空を見上げれば、
どこか寂しくでもどこか暖かくて先程と変わらず美しかった。
そして上半身を起こし太陽を見つつ、今だ感じる命の鼓動に誓う。

 「生きよう・・・精一杯・・・
  最後の瞬間まで・・・精一杯に」




















夕闇が迫る頃生まれ育った町に帰ってきた。
その時何かを感じた気がし公が振り向き
そこで見たのは何も無い・・・何も無い道。
ただ夕焼けに染まるだけの紅い何も無い道。

 「何を・・・何をしてきたんだ僕は・・・
  何も無い・・・この道とおんなじだ・・・
  何にも無いじゃないか・・・何にも・・・」

公は見上げた、真っ赤に染まる空を。

 「何かをしよう・・・自分の為に・・・」




夕闇から本格的な闇に包まれつつある家が建ち並ぶ住宅街、
その中の一つである主人邸の前で一人の人物が立っていた。
僅かに光る街路灯にシルエットを映し出されるその人物は
公を発見すると走るように息せき切って近づいてくる。

 「あぁ、ごめん母さん。遅く・・・」

公の言葉は軽く澄んだ音と頬に走った痛みによって断ち切られた。

 「何やってんの、あんた!!?
  母さん・・・どれだけ心配したと思ってるの!!!
  学校からは来てないって連絡もらうし、
  いくら待っても帰ってこないし!!!
  なんでそういうことをするの!!?」

涙を瞳一杯に溜め振り切った手も戻さずに怒鳴り続ける志穂。
公は母親の平手打ちで心のどこかで扉が壊されたような気がした。
壊された扉からは感じ始めた頬の熱さと共に胸に熱いものを
吐き出し続けて、公の体を激昂の渦で占めていった。

 「ご・・ごめ・・・ごめん・・ごめん・・
  ぼ・・僕やろうと思ったんだ・・・でも・・・
  でも・・出来なかった・・出来なかったんだよぉ・・
  僕は・・・そこでまだ生きてるって分かったから・・
  どうしても出来なかったんだ、出来なかったんだ・・・」

歯を食いしばり身を切るように出される公の言葉に
志穂は強く公の体を抱きしめることで答える。

 「いいの、もういいの。あなたは帰ってきた、
  ちゃんと帰ってきた。それでもういいの・・・」

静かに沁みこんでいく言葉、強く聞こえる母の命の鼓動、
それらが公を包み優しく公の痛みを和らげていった。
胸に溜まった熱いものがまるで形になったかのように
公の瞳からは止めどなく涙が溢れ出していく。

 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

そして一つだけ分かることがある。
今流している涙は昨日の涙とは
違うことだけは、はっきりと・・・







                                        <to be continued>







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