「よぉ、リュック!」

 「あっ、ぷにぷにワッカ!」


ワッカがオーラカの面々を引き連れてルカの宿に着くと、入口前に見覚えのある少女が立っていた。
コンパクトにまとめたブロンドの髪に、ネコのような強い光をたたえた両の目。
よく見ると、その瞳にはアルベド族に特徴的な渦巻き模様がみとめられる。

その少女の名は、リュック。3年前、ユウナのガードを務めたリュックは、
アルベド族のリーダー・シドの娘であり、ユウナのイトコにあたる。
1年前には、スフィアハンター「カモメ団」の一員として、スピラ中を飛び回った。


 「そ、その“ぷにぷにワッカ”っての、いい加減ヤメてくんねーかな?」

 「なんで? ぷにぷにしてんじゃん」

 「そうか? この1年で、ずいぶん引き締まったはずなんだがなァ……」

 「う〜ん、もうちょっと痩せたら許してあげるヨ♪」


シンを倒したあと、ワッカはルールーと結婚した。それからだ、ワッカの体型が崩れ始めたのは。
俗に言う「幸せ太り」である。リュックにとっては、あのルールーがそれを容認しているというのが驚きだった。


 「イナミちゃん、元気?」

 「お、おう! 元気も元気、手がつけられんくらいだぜ」

 「もうすぐ“お兄ちゃん”になるんだよね」

 「そうなんだよなぁ、早いもんだなぁ」


イナミとは、1年前に生まれた息子の名前だ。現在、ルールーは2人目を宿している。








Round 3 『 リュックの憂鬱 』






 「ねぇ、ワッカさぁ、イナミちゃんにもやらせるの?」

 「あん?」


いきなりのリュックの質問に、口をあんぐりと開けてしまったワッカだが、すぐにその内容を理解した。
息子のイナミにもブリッツボールをやらせるのか、と訊いているのだ。


 「そりゃおめぇ、放っておいてもやるだろうぜ」

 「そっかぁ……そうだよね」


さも当然といった様子で答えるワッカに、リュックも同意した。

人気スポーツにして、スピラ最大の娯楽でもあるブリッツボールのプレーヤーは、スピラの子供なら誰でも
一度は憧れる存在である。その人気は男の子だけにとどまらず、女の子の間でも絶大なものがある。
実際、女性ブリッツプレーヤーは珍しい存在ではない。


 「それが、どうかしたか?」


訊くまでもないような質問に、今度はワッカがリュックに質問した。


 「え? ううん、なんでもない。なんでもないよ」

 「ああ? どうしたんだおまえ? なんか暗いぞ。変なものでも食ったか?」


ワッカはリュックの表情に、なんとも割り切れないものを感じた。楽しいときも苦しいときも、
感情を偽りなく見せるのが良くも悪くもリュックの特徴なのだが、今の彼女にはそれが感じられない。
落ち込むときは全力で落ち込んでくれなければ、リュックらしくないのだ。


 「そ、そんなことあるわけないじゃん!」

 「そうか? ならいいんだけどよ」


いぶかしげな表情でのぞき込むワッカ。リュックは、その視線をそらすべく辺りを見回した。


 「ねぇ、ティーダは?」

 「お? その辺にいねぇか? 今まで一緒にいたんだがな……」


リュックに尋ねられ、ワッカは周囲を見回した。先ほどまですぐ近くにいたはずなのだが、
どういうわけか今は姿が見えない。ユウナが打ち合わせのために出かけているため、
手持ち無沙汰で自室で昼寝でもしているのだろう。


 「そっかぁ、じゃあちょっと会ってこようかな」

 「おう、そうしてやってくれ。
  ユウナが仕事で相手してくんねぇから、アイツ退屈でしょうがねーんだよ」

 「アハハ、分かる分かる。じゃあ行ってくるよ!」


そう言い残すと、リュックはワッカに手をふり、宿舎の奥へと入って行った。
ワッカはリュックを見送り、その後姿が見えなくなると、通りの方へと向かった。
ルールーとイナミへの土産物でも物色しようというのだろう。


 「あっ、ワッカだ!」

 「ホントだ。サインちょーだい、サイン!」

 「おうっ、いくらでもやるぜ! 100枚か、200枚か?」

 「そ、そんなにいらないよ〜!」

 「ハッハッハッハッ、遠慮すんな〜」


通りに出ると、ワッカの姿を認めたファンが、一斉にサインを求めて群がってくる。
「最弱伝説」の時代から人気者ではあったが、前回の優勝でそれに拍車が掛かったことは間違いない。
改めて勝つことの大切さをかみ締めるワッカであった。







 「やっほーティーダ、起きてる〜?」

 「ん? お、リュックじゃないか! 久しぶりだなぁ。元気か?」


開けっ放しの入口から顔を突っ込み、控えめなボリュームで声をかけたリュックに、
ティーダは嬉しそうな笑みを浮かべて応えた。どうやら寝てはいなかったようだ。


 「ヒマすぎて寝てるのかと思ったよ」

 「結構これでも忙しいんだけどなー。試合のこととか考えてたらさ。
  俺たちディフェンディング・チャンピオンだし♪」


チャンピオンであることを強調しながら、ティーダは自分の顔を親指でさし示した。
そう、ビサイド・オーラカは、少なくとも今年に限ってはチャンピオンチームなのだ。

しかし、ティーダがその言葉を口にした途端、リュックの表情が曇った。
泣き笑いしているかのような顔で、視線をそらせるリュック。


 「どうした?」

 「え? あ、うん……」


リュックは複雑な表情を変えることもなく、下を向いた。
何かを言おうとして迷っている――そんな風に見えなくもない。


 「分かった。俺たちがルカに負けると思ってんだろ?
  言っとくけど、前のはマグレでもなんでもないからな」


前回大会での自分たちの勝利を、多くの人々がマグレだと思っているということは、
ティーダもよく分かっていた。「盟主」としてのプライドを傷つけられたルカ・ゴワーズが、
今回は万全の体制で臨んでいることも知っている。

しかし、ティーダは当然のこと、ビサイド・オーラカの誰ひとりとして、自分たちの勝利を
マグレだなとどは思っていない。前回ゴワーズを倒したのはあくまで自分たちの実力であり、
今大会にはそれを証明するつもりで来ているのだ。

もちろん、そんなティーダたちの心意気を理解できないリュックではない。
しかし、リュックの表情は晴れない。


 「あ、そうか。サイクスのこと心配してるんだな?
  復興支援でまともに練習できなかったんだろ?」


サイクスとはもちろん、アルベド・サイクスのことだ。

『シン』が倒れたのち、アルベド族はその科学力と技術力を、スピラ復興のために捧げてきた。
また、その技術を各地で役立てるため、人的貢献も積極的に行ってきていた。
これはブリッツ選手たちも例外ではなく、飛空艇で日夜スピラを飛び回る生活のため、
練習時間を充分に確保できず、今大会では不利が伝えられていたのだ。

ティーダは、そんな現実を知っているリュックが、「負け戦」に臨もうとしている自チームを
不憫に思い、落ち込んでいると考えたのだった。

リュックは、ティーダの最後のセリフを聞いたあともしばらく下を向いていたが、
やがてゆっくりと顔を上げ、強い意志をしのばせた瞳でティーダの顔を見つめた。


 「怒ったのか? わりィ、悪気はなかったんだよ」

 「……そんなんじゃないよ」

 「ん?」

 「そんなんじゃない。別に怒ってなんかいないよ」


ティーダの気づかいが通じたのだろう、リュックは腹を立てたわけではないことを強調した。
しかし、表情は変わっていない。


 「じゃあ、どうしたんだよ。なんか変だぞ?」

 「別に変じゃないよ。私はただ、ショック受けてほしくないだけなんだ」

 「ショック? どういう意味だよ?」

 「それは……」


リュックは言葉に詰まった。どう伝えたものか、迷っているようだ。


 「やっぱり俺たちが負けると思ってんだな〜?」

 「いや、だからぁ……」

 「ハハッ、心配すんなって。ルカなんかに負けたりしねーから。
  ビクスンだろうが、ダットだろうが、この元ザナルカンド・エイブスのエース、
  現ビサイド・オーラカ“ナンバー2”の俺が吹っ飛ばしてやるよ!」


そう言うと、ティーダは誇らしげに胸を張った。その様子をみて「つける薬なし」と思ったのか、
リュックの表情がゆるみ、その顔に笑みが戻った。


 「らしくないじゃん。なんで“ナンバー2”なわけ?」

 「ん、やっぱオーラカは“ワッカのチーム”だからな。
  あの人がいないと盛り上がんないんだよ、ホント。
  くやしいけど、これは認めるしかない」

 「ふぅ〜ん、まぁ、分かる気はするけど。
  ほんとワッカって、オーラカ好きだもんネ♪」

 「だろ〜?
  あの人から家族とオーラカ取り上げたら、きっと何も残んないぜ?
  幻光虫になって飛んでくかもしんないな」

 「アハ、言えてる〜!」


ブリッツボールとビサイド・オーラカに対するワッカの情熱は誰もが認めるところであり、
こればかりはティーダも一歩か二歩は譲らざるを得なかった。それくらい、ワッカの思い入れは強い。

ミスター・オーラカ――そんな彼をして、いつの頃からか人々はそう呼ぶようになった。
そのような人物を押しのけて「ナンバー1」を名乗るほど、ティーダも厚顔無恥ではない。





ワッカをサカナにしばらく盛り上がったあと、リュックはティーダの部屋をあとにした。
その表情は、再び曇っていた。


 「結局、言えなかったよ。
  ま、しょうがないか、試合だもんね……はぁ〜」


リュックの深いタメ息が、宿舎の廊下の空気を少しだけ重くした。










Continues to Round 4

 

 

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