Blooming Symphony
A STORY FROM THE BISHOP WORLD OMNIBUS
Featuring Shiori Fujisaki

2nd Grade : March

































 「藤崎センパーイ、ちょっとお願いしまーす。」

 「あ、ハーイ。」

下級生の少し甘えるような呼び声に答え、緋色の髪を靡かせて
藤崎詩織は音楽室の赤い絨毯の上にパタパタと足音を残し駆け寄る。
吹奏楽部の新歓演奏会ポスターのガリ版をチェックしていた後輩が
頼りにしている木管楽パート長のOKをもらおうとガリ版を差し出す。
 

 「うん・・・よくできていると思うわ。
  ここのロゴなんて、とてもキレイ。」

 「へへっ、ありがとうございまぁーす。」
 「みんなで頑張って作りましたぁ。」
 

吹奏楽部に入って早一年、もうすぐ後輩を迎えようとする一年生が
初めてまかされた大仕事のポスター作りを憧れの先輩に誉められて
思わずほっぺたを赤くして零れそうな笑みを顔いっぱいに浮かべる。
自分を取り囲むそんな後輩達に、ひとりひとり詩織は微笑み向けて
それから気がついたレイアウトの不備や不足を穏やかに指摘してゆく。
 

 「講堂の場所が分かりづらいと困るから・・・
  簡単な、構内の見取り図があった方がいいわね。」

 「あ、そっか。ここになら入るかな・・・」

 「ここに、このくらいの大きさで入れれば見やすいんじゃない?」

 「あ、なーるほど。」
 

ポスター作りに一生懸命だった後輩達のその努力を汲み取りながら
高圧的になることなく、わざとらしく先輩風を吹かることなどせずに
詩織は後輩達と同じ目線で隅々までポスターをチェックしてゆく。
その光景を少し離れたところで見守りながら吹奏楽部長・千石菜莉は
不思議とその身の回りに人を引き付けてしまう詩織の魅力を感じていた。
 

 「しおりー、そっちの用が済んだらちょっといいかしら?」

 「あ、ハーイ。」
 

またも明るい声で返事を向け、詩織は後輩たちにポスターを返すと
菜莉の方にパタパタと駆け寄り、目の前で微笑みと共に言葉を待つ。
その笑顔につられるように自分の唇にも笑みが浮かぶのを感じながら
菜莉は詩織と同じ色の腰まで伸びるロングヘアを手で鋤きつつ問う。
 

 「新入生勧誘期間のビラ配りなんだけど・・・
  あなたの担当する時間、もう少し増やしていいかしら?」

 「え?それはいいけれど・・・・人が足りないの?」

 「そういう訳じゃないけれど、田島くんと話してて
  男子部員の勧誘に力を入れようって話になったのよ。」

 「? 男子部員の勧誘と、わたしのビラ配りと関係があるの?」
 

きょとん、としてこちらを見つめる本人無自覚の【学園のアイドル】の
不思議そうな顔に菜莉は言葉のかわりに苦笑を返し説明の手間を省く。
それでもまだ納得がいかないまま詩織がさらに質問しようとした時、
またも音楽室の後ろにいる集団から詩織を呼ぶ声が届いてくる。
 

 「藤崎ぃ、ちょっといいかぁ?」

 「あ、ハーイ。」
 

パタパタッ、と駆け出す詩織のロングヘアがふわりと広がるのを眺めながら
菜莉はひとつ肩を竦め、新部長に配られた新歓スケジュール表に目を落とす。
ニ、三確かめたいところをチェックして、誰かの意見を聞こうと唇を開く。
 

 「しおりぃ、ちょっと・・・」
 

そこまで言いかけて気がついたように口を閉ざし菜莉はまたも苦笑する。
いくら働き者で気配りが届く、部活動で頼りになる存在だとはいっても
詩織だけをアテにするのは彼女のことを考えても部長としての立場上も
好ましくはないことにさすがに60名強の名門を預かる新部長は気がついた。
 

 「大倉くん、ちょっといいかしら?」

 「ハイよ〜」
 
 
 
 
 
 
 
 

半円状に並べられた椅子の上に、様々な楽器を手に坐る吹奏楽部員達。
その半円状に並ぶ楽団から流れ出る調和の取れたブラスバンドの音色。
指揮者の振るタクトと共に音色は響き、震え、そよ風となって流れる。
楽団の中詩織も自らを銀色のフルートと同化させ、音色に味を預けて
身体の覚えているに任せ指を操り息を送り込み豊かな旋律を紡ぎ出す。
 
 
 
 
 

詩織が指を繰るごとに、銀色のフルートから甘く切ない調べが流れ出る。
楽器を操る少女の姿が音楽を伴う一枚の絵の様に音楽室に映えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

全体練習が終って片づけと反省の時間、丁寧に愛用のフルートを拭う詩織に
カラリ、と音楽室のドアの開かれる音が届くと共に少し懐かしい声が届く。
 

 「2年の子、誰かちょっといいー?」

 「あ、三田さん。」
 

去年の冬の全国吹奏楽コンクールを最後に引退した3年生のその顔に
詩織は懐かしさからくる微笑み浮かべながら軽やかに席を立ち近づく。
友人の鞠川奈津江に少し似た雰囲気の、セミロングの黒髪の先輩に
詩織は会えた嬉しさ隠そうともしない笑みで近づき一歩前に立つ。
 

 「お、詩織ちゃん。元気そうだね。」

 「ハイ、元気にやってます。三田さんが来てくれて嬉しいな。」

 「アハハ、そう言ってくれると嬉しいわね。
  差し入れ持ってきた甲斐もあるってものよ。」

 「わぁ・・・ありがとうございます。」
 

気安い笑みと共に先輩が差し出すスナック菓子の詰まった袋を受け取りつつ、
詩織は練習直後の空っぽのお腹がくぅくぅと喜ぶ音が聞こえないようにと
先輩に気づかれないよう腹筋に力を込め、何食わぬ顔で会話を続ける。
 

 「1年の子たちはどう?いいセンパイになりそう?」

 「はい、みんな一生懸命頑張ってくれてますよ。」

 「アハ、それは頼もしいわね。あなたたちの代でこそ、全コン金賞獲ってよ?」

 「アハハ・・・頑張ります。」
 

全国吹奏楽団員皆の憧れとも言える全国吹奏楽コンクール金賞、
それを激励半分本気半分の口調で口に出されて一瞬驚くものの
それでも詩織自身「獲りたい!」という気持ちに突き動かされて
詩織は思っていたよりも力強くなった口調で笑いと共に答える。
その後輩の姿を優しい視線で見守る三年生の姿に気がついて、
片づけの手の空いた二年三年が取り囲むように寄ってきた。
 

 「わぁ、三田センパーイ♪」

 「を、お久しぶりです。元気ですか?」
 

輪を作る部員達に囲まれる形になって、三年生と詩織は笑み交した。
 
 
 
 
 
 
 

練習中は後ろに下げられていた机と椅子が元通り並べ直された音楽室で
詩織は部活動の終った後のほっとする時間を少しゆっくり味わおうと、
真っ直ぐ家に帰るかわりに何人かの部員達と手近な椅子に腰を下ろして
差し入れのポテトチップスをポリポリつまみながらたわいない会話交す。
 

 「え?藤崎センパイもポップスなんか聞くんですか?なーんか意外。」

 「え?そうかなぁ・・・流行歌も、けっこう好きよ?」
 

音楽鑑賞が趣味の詩織はなるほどイメージに違わず特にクラシック好きだが、
テレビのCD売上ランキングにだって興味はあるし、ご贔屓の歌手だっている。
毎週楽しみにしているテレビドラマだってあるし漫画雑誌だって読むのである。
それでもこの品行方正な美貌の先輩に半ば崇拝の気持ちを持っている一年生は
詩織が普通の女の子みたいにリビングで足を伸ばしてテレビを見ているところを
イマイチ想像できないのか、キツネにつままれたような顔でポテチをほおばる。
そんな後輩の姿に気がついてかいないでか、詩織もバター味ポテトチップスの
袋に手を伸ばしてポリポリとやりながら、流行歌の話題をそのまま続ける。
 

 「最近はぁ・・・ミスチルの『Youthful Joys』がお気に入りかな。」

 「あ!『京風骨董和菓子店』の主題歌ですよねー。私もあれ好き♪」
 

自分もごひいきの新曲の名前が詩織の口から出た事でようやくこの一年生も
詩織がテレビドラマも見るし新曲もチェックする"普通の子"なことを納得し、
同時に憧れの品行方正・容姿端麗な先輩と共通点が会った喜びに声弾ませる。
そのままそこにいる部員達の話題はドラマやバラエティー番組の話にうつり、
さっきまでの真剣な練習時間の姿がウソのような姦しい声が音楽室に響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 

自宅のドアに味を潜らせ、家の奥に向かって詩織は伸びやかに帰宅を告げる。
 

 「ただいまぁ〜、」

 「あ、お帰りなさい。美樹原さんからさっき電話あったわよ?」

 「あ、わかった。着替えたらすぐにかける。」
 
 
 
 
 
 
 

台所の母に向かって答えながら、詩織はトントンと足取り軽く階段を登る。
部屋に入って机の上に鞄を置き、セーラー服を脱いでハイネックに着替え、
電話の子機を取り上げて短縮ダイアルに登録してある美樹原愛の番号を押す。
 

 「もしもし、夜分すみません。きらめき高校の藤崎ですが・・・あ、メグ?」

 『あ、詩織ちゃん? わざわざかけ直してきてくれたんだ。』
 

電話口越しに届いてくる聞き慣れた親友の小さな鈴を鳴らすような澄んだ声。
週末のお買い物の約束のことだろう、と詩織が思った通り愛がさっそく話しだす。
 

 『待ち合わせ場所まだ決めてなかったと思って・・・
  こないだみたいに、駅前のバーガーショップでいい?』

 「うん、いいよ。それじゃあそこで11時、ね。」
 

一応の用事はこれだけですんでしまうような簡単なものだが、
こんな学校の休み時間にでもできる話など電話する為のただの口実。
10代の少女同士が受話器を握れば、話すことなどはいくらでもある。
今日学校であったこと、テレビの話題に新しいケーキ屋さんの情報、
愛がムクの話をすれば、詩織は近づいてきた春休みの予定を相談する。
 

 「あ、いけない。もうこんな時間だ。それじゃあメグ、そろそろ・・・」

 『あ、そうだね。それじゃ詩織ちゃん、また明日学校で。』
 

電話を切ったところで思い出したように、夕飯をまだ食べていないお腹が騒ぎ出す。
足取りも軽やかに詩織は階段を降り、食卓に向かいながら奥の母親へと問いかける。
 

 「お母さぁん、今日のご飯なぁに?」

 「今日はミートソーススパゲティとサラダよ。」

 「わぁい♪」
 

好物のスパゲティが食卓に並ぶことに、つい詩織の口からはしゃいだ声が出る。
今日も父は残業なのだろう、あまり飲んで帰ってこなければいいけれど、と
17才の娘にしては少々ナマイキとも言える心配をしつつ詩織は食卓についた。
 
 
 
 
 
 
 
 

パラパラ、と辞書をめくる音がたまに聞こえてくるだけの部屋の中、
詩織は背筋を伸ばした行儀いい姿勢で席に坐り英語の宿題と予習に励む。
ひと段落して、うん、と背筋を背もたれに伸ばした時にタイミングよく
AVコンボの上に置いてある電話の子機がぴるるる、と電子音を立てる。
 

 「ハイ、藤崎です。」

 『あ、もしもし、公だけど。』

 「あっ・・・」
 

いつからか恋慕うようになった幼馴染みの声を捉え、
思わず詩織の唇からため息のような声が流れ出る。
それこそ毎日のように教室で聞いている声なのに、
電話を受けるのだって決して始めてではないのに、
弾む呼吸と上がる鼓動を自分では止められずに
詩織はきゅっと心臓の上を掴んで公の声を待つ。
が、続く公の言葉はそんな乙女の切ないときめきを
肩の抜けるような脱力感へ一気に変えるものだった。
 

 『今日の英悟の宿題終ったー?よかったら写させてー♪』

 「な、・・・」
 

その瞬間くらり、と軽い目眩が襲ってくるのに耐えながら
詩織はツカツカ窓際に歩み寄り、勢いよくカーテンを開けて
案の定開けた窓枠に身を預けて受話器片手にニヤニヤ笑いを
浮かべつつ詩織の部屋をうかがう公に窓越しから苦笑向ける。
 

 「コラ、公。宿題なんて自分でやらなきゃダメでしょ?」

 「マジメだなぁ、藤崎さんは。いーじゃん、ちょっとくらい。」

 「だいたい公だって英語得意じゃない。なんでわざわざ写すの?」

 「世の中英語の勉強も大事だけどね、効率よく物事進める練習も大事よ?」
 

その"効率のよい進め方"が人の宿題写すことなの?とツッこむ気も失せて
詩織ははぁとため息吐き、公と同じように窓を開けて窓枠によりかかり
受話器は耳に当てたままでもう目の前に見える公に半ば直接話しかける。
 

 「そんな事言って、明日当てられても知らないよ?」

 「ダーイジョーブ、大丈夫。俺、ドタンバに強いから。」
 

受話器越しの声とお向かいさんから直接聞こえてくる声が混じる中で
確かに公ならちょっとやそっとの質問その場で答えられちゃうだろうと
詩織はこれはお説教するだけ無駄かと苦笑い浮かべ、無言で降参する。
その一瞬出来た沈黙の間に、公の頭のチャンネルが切り替わったか
公はどこからか取り出したCDのジャケットを手にして詩織にかざす。
 

 「ところで詩織。これ、なーんだ?」

 「あ!それ、ミスチルの新しいアルバムじゃない。買ったの?」

 「ちょうどバイト帰りに見つけちまったもんで衝動買い。
  今夜MDに写し終わったら、詩織に貸してあげるよ。」

 「あ、そんな急がなくていいよ!でも、嬉しい♪」
 

幼馴染みの少年少女が家を挟んだ窓越しにたわいなくも微笑ましい会話交す。
月が夜空を照らすその下で少女のはしゃいだ声が静かな夜更けに流れてゆく。
 
 
 
 
 

なにげない一日の終りの夜空の下 少女の笑い声が届いてくる----
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

〜Fin〜

ED BGM:【時の翼】
歌:ZARD

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


後書き



まずは、AQUA STREET10万HIT達成おめでとうございます!ということで不肖ヤドカリSS書き司教、拙作2作ほど献上させていただきます。(笑)

ちーことでアクスト100K記念第一弾Featuring藤崎詩織。本編説明書の藤崎さんのキャラ紹介欄を読んでみるとこんなことが書いてあります-----「男女問わず人気者」。そういえば"彩のラブソング"でも後輩の委員に頼りにされて忙しく駆け回っている藤崎さんのシーンがありましたね。

というわけで今回「女の子にも人気者」というトコロにスポットライトを当てて、同学年のお友達や部活の先輩後輩に囲まれる藤崎詩織さんを書いてみようと思いました。ちょど三年生になる直前の三月、藤崎さんの先輩ぶりもすっかり板についた早春の吹奏楽部のとある一日のお話でございます。

10万HIT記念にしちゃなんだか地味な作品ねぇ〜、といわれそうな気がしないでもないですが、そもそも地味ーな日常ネタが得意芸なんだからしょうがない。(笑)そんなわけで「先輩後輩に慕われる人気者の女の子の何気ない一日」をコンセプトにお送りいたしましたがいかがなもんで。それでは・・・・・引き続き、第二段。(笑)


第二段へ 》 《 館へもどる

 

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