召喚師ユウナとそのガードたちの活躍によって『シン』が打ち倒され、
「永遠のナギ節」が訪れてから早3年。スピラは、着実に新しい社会を築きつつあった。

『シン』の恐怖から解放された人々は、ひたすらその日を生き延びる生活から、
未来のために前進する生活へと、人生のベクトルを修正した。

もちろん、すべての人々が「永遠のナギ節」を信じているわけではなかった。
過去の記録によると、『シン』の“復活”にかかる時間は数ヶ月から数年とされており、
特に最後の『シン』は10年もの歳月を経て現れたため、
まだまだ予断を許さないと警鐘を鳴らす者もいた。


そして、「永遠のナギ節」を信じる人々も、心のどこかにそんな不安を抱えているのが実態であった。
しかし、そんな不安をよそにスピラは日々成長・発展して行く。


まず、『シン』との戦いを通じて矛盾の噴出したエボン寺院が、
これまでのような支配力を発揮できなくなった。
エボンの教えそのものは変わらず人々の道徳規範であり続けているが、
その解釈を巡っては様々なグループがそれぞれの考えを主張するようになったのだ。

『シン』を倒した最後の大召喚師となったユウナは、「自分たちこそが正統派」と信じる
多くのグループから顧問となるよう要請されたが、そのことごとくを断っていた。
特定のグループの権威づけのために利用されることを嫌ったためである。


スピラの人々の唯一の娯楽として受け継がれてきたブリッツボールにも、変化の波は迫っていた。
これまでのような、単に『シン』の恐怖を一時的に忘れるためのものではなく、
楽しいひとときを積極的にすごすためのものとして、
競技人口、観客動員数ともに大発展を遂げていったのだ。

これは、そんなブリッツボールを心から愛し、人生を賭けようと決心した男の、
努力と根性、激闘と逆転の物語である。













Prologue 『 リーダーの確信 』











 「おーいみんなぁ、ちょっと集まってくれ!」

 「うーッス!」


チームリーダー・ワッカの呼びかけに、ビサイド・オーラカの面々はゾロゾロと浜へ上がってきた。
みな一様に、チームカラーであるイエローのユニフォームを着ている。

白い砂浜と、雲ひとつない青空。そして、どこまでも続くかのように思わせる、遠浅の澄んだ海。
南国ビサイド島は、スピラの楽園である。


 「みんなに話しておきたいことがあるんだ。大事な話だ」


メンバーが全員集合したことを確認すると、ワッカは口火を切った。
口調こそおだやかだが、その表情は硬い。一同に緊張が走った。


 「落ち着いて聞いてくれ。
  ……ダットがチームを去ることになった」

 「「「!!」」」


その場にいた全員が絶句した。
そして、最前列に立っている坊主頭の若者に、皆の視線が集中した。

誰ひとり、言葉を発する者はない。
長年ともにプレーしてきた仲間が去るという事実を、ただひたすら
それぞれが必死に解釈しようとしているのがありありと見て取れるだけだ。

そんなチームの様子を、ただひとり冷静に観察していたティーダが口を開いた。


 「どーゆー意味っすかぁ? “去ることになった”って?」

 「今から話す」


ティーダの反応を予想していたのか、ワッカは落ち着き払った様子で即答した。
そして軽く息を吸い込むと、全員を視野におさめるかのように前を向き、
先ほどよりも大きな声で言い放った。


 「ルカからスカウトされたんだ」

 「「「!!」」」


オーラカの面々が、再度絶句した。
しかし、今度の絶句は先ほどのような混乱からくるものではなく、
たったいま耳にした言葉に対する明確な反応――驚愕だった。

すると今度は、ティーダの背後に立っている金髪の青年・ジャッシュが口を開いた。


 「ルカって……“ルカ・ゴワーズ”のことっすか!?」

 「この俺が“ルカ”っつったら、それ以外ねーだろ?
  おどろくな、ゴワーズの総監督じきじきのご指名だぞ!」

 「す、すげぇ!」 「なんてこった!」 「ゴワーズだってよ!」


これまでの沈黙が嘘のように、今度は蜂の巣をつついたような騒ぎが巻き起こる。
口々に感想を言い合い、ダットの肩に手をかけるオーラカの選手たち。

それもそのはず、ルカ・ゴワーズといえば、3年前まで毎年開催されていた
ブリッツボールの祭典『エボンカップ・トーナメント』において、過去の優勝回数が
最も多いチームであり、自他共に認める「球界の盟主」ともいうべき名門だからだ。

他方、ビサイド・オーラカは『最弱伝説』などと揶揄されるほどの弱小チームであり、
「近隣地域に目ぼしいチームがない」という理由だけで出場を許されてきたにすぎない。
前回大会こそ優勝したものの、誰もあれがオーラカの実力であるなどとは考えていないだろう。
オーラカは、ゴワーズと比較するまでもなく「所詮はイナカの成り上がりチーム」なのだ。

そんなオーラカの若手であるダットが、ゴワーズの総監督の目にとまったという。
これはオーラカの選手のみならず、ビサイド島の島民全員にとって立派な“事件”といえよう。

朗報に沸くチームメイトを満面の笑顔で見守るワッカに、
それまでダットを祝福していたメンバーのひとりが近付いた。

ティーダだった。


 「良かったッスね!」


ティーダは微笑みながら右手を差し出した。


 「ああ、ありがとな」


ワッカはその右手を力強く握り返すと、笑いながら何度もウンウンとうなずいた。
その顔に一抹の寂しさが見え隠れしていることを、ティーダは見逃さなかった。


 「うれしさ半分、さみしさ半分、って感じ?」

 「うんにゃ、シブロク(うれしさ4分、さみしさ6分)ってとこだなぁ」

 「ハハ、正直だナ!」

 「知らなかったか?」


そのまましばらく黙って互いの目を見据える2人。
やがて、どちらからともなく笑い始め、その笑いの輪はチーム全体に広がって行った。










その夜、村をあげてのダット壮行会が行われた。

「球界の盟主」を自認するルカ・ゴワーズが、
地元出身者以外の選手を迎え入れるのは、実はこれが初めてだった。

そんな「世紀の大抜擢」に、キーリカ・ビーストでもグアド・グローリーでもなく、
ビサイド・オーラカの若者に白羽の矢が立ったという事実に、
ビサイド村の人々はよろこぶことはあっても、それを批判する者はなかった。

もちろん、ダットが選ばれたことにはちゃんとした理由がある。
ダットはこの2年間、血のにじむようなトレーニングを続け、急激に頭角を現しつつあったのだ。
特にそのスイムスピードは、それまで「スピードの代名詞」とされてきたグアド族が
まるで歯が立たないほどのレベルに達していた。

一方、ゴワーズの選手は技術的には高いものがあるものの、
逆にマルチタレントが揃いすぎており、「ここ一番」の決定力不足に悩んでいた。
そこでダットのスピードを足がかりとして、得点力の大幅アップを図ろうというのだ。

今回の移籍話は、ゴワーズの総監督からワッカを通してダットに伝えられた。
とつぜん降ってわいたような話に、はじめのうちこそ戸惑い悩んだダットだったが、
ワッカと相談をくり返すうちに前向きに事態を捉えられるようになり、
間もなく「ルカ行き」を表明するに至った。そして翌日の早朝、いよいよルカへ旅立つのだった。

これまでワッカがこのことをチームの面々に伏せていたのは、
ダット自身がそれを望んだからなのだが、
加えて「ルカ」の名前にチームが浮きあし立ち、ダットが特別扱いされて、
結果的に彼が孤立してしまうことを避ける目的もあった。

オーラカの一員として練習に参加できる最後の瞬間まで、
ワッカはダットに「ビサイド・オーラカ」でいてほしかったのである。











呑めや歌えやの壮行会が終わったあと、ワッカは自室でひとり本を読んでいた。
特にその本が読みたいわけではない。ただ、なんとなく寝付けなかったのだ。


 「眠れないみたいね」


不意に声をかけられ、ワッカは本を落としそうになった。
ふり返ると、そこには妻のルールーが立っていた。

かんざしでまとめた豊かな黒髪と、強い意志を秘めた切れ長の瞳は、
ユウナのガードを務めていた頃から少しも変わっていない。

ただひとつ、腹部が大きく張り出していることを除いては。
もちろんそこには、新しい命が宿っている。


 「ん? おお、すまねぇ、起こしちまったか?」

 「そんなんじゃないわよ」


妻の身体を気遣って立ち上がろうとするワッカを制すると、
ルールーはとなりに腰を下ろした。

ルールーは、積極的に夫を励ますタイプの女ではない。
常に冷静沈着で、感情をほとんど表に出さないタイプだ。
しかしワッカにとっては、そんなルールーの控えめな笑顔が何よりの癒しであり、
彼女の存在そのものがありがたかった。

ルールーは、かつてワッカの弟・チャップの恋人だった女だ。
チャップもワッカやダットと同様ビサイド・オーラカの選手だったが、
「討伐隊」の一員として『シン』に挑み、命を落とした。
この一件によって、ルールーとワッカの人生は一変したといってよい。

彼の死は2人の心に暗い影を落とした。
厳しい現実を受け入れ、それを乗り越えて前進するために、
2人は時に傷つけ合い、もがき苦しんだ。

転機となったのは、ユウナのガードとして共に旅に出たことだった。

“夢の街”ザナルカンドからやって来た謎の少年ティーダ。
彼が召喚師ユウナのガード衆に加わり、彼とユウナが中心となって『シン』とエボン、
スピラ1000年の秘密が次々と明らかにされた。
そして最後には『シン』を倒し、その復活と『死の螺旋』をも断ち切ることができた。

その結果、ルールーとワッカも「チャップの死」を素直に受け入れ、
そのわだかまりから“卒業”することができたのだ。

ワッカの眠れない理由など、彼女には分かっている。
つぶやくように口を開くルールー。


 「ダットなら心配いらないわよ」

 「ああ……そうだよな。いや、わかってんだけどよ、
  まぁ、なんつーか、その……」

 「他人事なのに、自分のことみたいに緊張する。
  当事者であるダットはもっと不安なはずなのに、
  チームリーダーの自分がこんなことでどうする。
  ……そういう人よね、アンタって」

 「うっ……」


妻の指摘に、ワッカは言葉を失った。そのものズバリを言い当てられたからだ。
もっとも、これも「いつものこと」なのだが。

そんなワッカの様子を見て満足そうに笑うと、ルールーはスッと立ち上がって言った。


 「心配ないわよ。子供の頃からアンタが教えてきたんでしょ?」

 「あ、ああ、そうだ、な……」

 「まったく、いつもながらナサケナイ顔ね。
  そんな顔してたら、ダットが余計に心配するわよ?」

 「わかってるって」

 「ふぅ〜ん、ならいいけど……あ、そうそう、ダットが来てるわよ」

 「んあ? おいっ、それを早く言えって!」

 「言ったじゃない、いま」

 「順番ぐちゃぐちゃにするのヤメれ!」


そう言うと、ワッカは自室を飛び出して行った。
カウチの上に残された本を手に取り、本棚へ戻しながら、ルールーはクスッと笑った。











 「すまねぇ、待たせちまったな」

 「いえ、そんなことないッス。すいません、こんな夜遅くに」

 「気にすんなって。どーせ俺も寝られなかったからな、ハハハ」

 「………」


ワッカの乾いた笑い声を、ダットは地面を見つめたまま黙って聞いていた。
その目には、「希望」よりも「不安」の光が強く現れている。
ワッカは、どう声をかけたものか迷った。

生まれてから今まで、ダットはビサイド以外の土地に住んだことは一度もない。
いや、ダットだけでなく、ビサイド島に住む人々のほとんどは、
生まれてから死ぬまでこの島で暮らすのだ。
そのため、経験に基づいたアドバイスをしてくれる者もいない。

ダットの不安は当然といえた。


 「行くか」


ワッカのその短いセリフを、ダットはすぐに理解した。浜辺へ行こう――そう言っているのだ。
2人は、すぐ近くの浜辺へ向かって歩き始めた。

波が静かに打ち寄せる、ビサイド村の浜辺。
街灯ひとつない真っ暗な浜辺を、わずかながらの幻光虫と月の光が照らし出していた。

2人は、浜にかけられた桟橋の先に並んで腰を下ろした。
その後しばらくは2人とも黙っていたが、その沈黙を破るかのようにワッカが口を開いた。


 「おまえ、どうしてブリッツやってんだ?」

 「え?」


とつぜんの問いかけに、答えに詰まるダット。
しかしワッカの目的は、彼を問い詰めることではない。
それを分からせるため、ワッカはおだやかな笑顔でそのまま続ける。


 「俺はな、ただブリッツが好きで、いつまでもボールを追っていたい。
  ただそれだけの理由で続けてきた」

 「俺もッスよ」

 「ああ、そうだよな。うん、それはそれでいい。
  だがなダット、ゴワーズの連中は違うぞ、たぶん」

 「え?」


ワッカの言葉に、ダットは一瞬だけ目を丸くした。


 「アイツらのブリッツに対する意識は、俺たちとは根本的に違うんだ」

 「連中、キライなんスか、ブリッツ?」

 「そうじゃねぇ。そうじゃねぇけど、ただ“好き”っていうのとも違う。
  どーゆーことか分かるか?」

 「いえ」


素直なヤツだ――ワッカはふと、そう思った。そして、頭の中で言葉を整理した。
口下手なワッカは、そうしなければ最後まできちんと話せないからだ。


 「アイツらはな、好きなブリッツで『ナンバーワン』になるためにやってんだ。
  同じようにブリッツが好きで、それを得意としている連中と戦って勝つこと。
  それで、勝ったら今度は勝ち続けること、それがアイツらの唯一の『理由』なんだ。
  俺たちとアイツらと、どっちが正しいとか、そんなことは問題じゃねぇ。
  ただ、それが『ルカ・ゴワーズ』なんだ」

 「すげ……」


ワッカの言葉を聞いて、ダットは素直に驚愕した。
ゴワーズのゴワーズたるゆえん――そんなことは、これまで考えたこともなかったからだ。

『最弱伝説』を更新していた頃、ビサイド・オーラカの目標はいつも「精一杯がんばる」だった。
結果は問わない、自分のベストを尽くすだけ――こう言うと聞こえはいいが、
それが実は負けたときの口実、逃げ口上に過ぎないことは、彼ら自身よく分かっていた。

そんな「負け犬集団」に喝を入れたのが、
自称「ザナルカンド・エイブスのエース」、ティーダである。

ティーダはオーラカの甘さを看破し、「出るからには勝つ」という勝負師の心を教えた。
そうして臨んだトーナメントで、オーラカは伝説を返上して初の1勝をあげたばかりか、
初優勝まで成し遂げてしまった。それだけ勝利にこだわるハートは重要なのだ。

――そして、ルカ・ゴワーズ。
常に勝つことを義務づけられた最強軍団に、自分たちのような甘えが入り込む余地はない。

同じスフィアプールでプレーしながら、自分たちとは意識からして根本的に違う。
自分が飛び込もうとしている世界の厳しさを、飛び込む前日になって思い知ったダットは、
ひょっとしたら間違った判断を下したのかもしれないと思い始めていた。

しかし、次の瞬間、ダットは崖っぷちで踏みとどまった。
ワッカが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたからだ。

この笑顔は、ワッカがシュートを打つ直前、ゴールを確信したときに見せるものだ。
長年ワッカのもとでプレーしているダットは、そんなリーダーの「確信」に全幅の信頼を寄せている。

ダットは黙ってワッカの言葉を待った。


 「ああ、ゴワーズはすごい。すごすぎて怖いくらいだぜ。
  ハッキリ言って、俺はそんなチームでやって行く自信はない。
  だがなダット、お前ならやれる、俺はそう信じてる」

 「ほ、本当ッスか?」

 「本当だ。お前はこの2年ですげー成長した。
  正直なとこ、技術的にはまだまだ粗削りなところもあるけどよ、
  そんなのはこれからルカで練習するようになればイヤでも良くなる。
  それよりも、お前には誰にも負けないスピードがある。
  あのグアドの連中すらブッちぎるそのスピードがあれば、
  きっとゴワーズの中でも居場所を確保できるはずだ。
  もちろん、あっちの監督もそのつもりでお前を引っ張ったんだからな。
  だから自分を信じろ。悪いところを無理に直そうとするより、
  お前の持ち味をとことん磨いて、それ一本で勝負してみろ。
  絶対に勝てる。俺が保証する!」


力強くそう言い切ると、ワッカは再びニヤリと笑った。
ダットの顔に笑みが浮かぶ。


 「俺、やるッスよ。やって絶対に勝つッス!」

 「おう、その意気だ!」


そう言いながら、ワッカはダットの背中をドンと叩いた。
新たな地平に向けて旅立つ後輩に、「元気」を注入するかのように。


 「それからもうひとつ、これだけは覚えとけ」

 「なんッスか?」

 「お前はオーラカを代表して行くわけでも、ビサイドを背負って行くわけでもねぇ。
  あくまでお前個人として勝負しに行くんだ。だから失敗したらビサイドの恥とか、
  オーラカの誇りを汚すとか、そんなこと考えんな。思いっきり、お前だけのために行け!
  全力でやって負けたんなら、それも“成功”だ!」

 「うッス!」

 「それからな、次にスフィアプールで会うときは、俺たちゃ敵同士だ。
  そうなったら手加減はしねぇ。殺すつもりで行くから、お前も本気で来いよ!」

 「うッス! 全力でオーラカを倒すッス!!」

 「よし! 明日も早い。寝るか!」

 「うッス!」


元気の良い声と共に立ち上がったダットの目には、もはや迷いの色はなかった。
ワッカのもとでブリッツボールを習い覚えたビサイトの青年ダットは、
この瞬間からビサイド・オーラカにとって「倒すべき相手」となったのだ。

そんな“弟分”をワッカは頼もしい想いで見つめ、右手を差し出した。

ダットは、その手を力いっぱい握り返した。






海面を飛び交う幻光虫が、一瞬だけ輝きを増した。











Continues to Round 1

 

 

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