ベベルに次ぐ、スピラ第二の都市・ルカ。

ベベルがエボン寺院の総本山ゆえに規模が大きく、人も多いのに対して、
ルカはただ純粋に人々が集まってきているところが大きな特徴だ。


かつて『シン』は、街が栄え、人口が多くなってきている場所を襲った。
キーリカ島最大の街であるポルト・キーリカも、それゆえに『シン』の襲撃に遭った。

しかし、ルカの街が『シン』に破壊されたことはない。
その理由は、この街がスピラで唯一「人間らしい楽しみ」を追求できる場所、
娯楽を享受できる場所であり、それを『討伐隊』が命を張って守り抜いてきたからである。


そう、ブリッツボールは、そんなスピラの人々が命がけで守ってきた娯楽なのだ。


今や大召喚師となったユウナと、そのガードたちの活躍により、『シン』が倒されてから3年。
それまで毎年開催されてきたブリッツボールの祭典『エボンカップ・トーナメント』は、
ナギ節到来後の社会、とりわけエボン寺院の混乱のため中断を余儀なくされた。

総当り戦のスピラリーグこそ細々と続けられていたが、リーグの一角を担うアルベド族は、
新しいホーム(自分たちの街)建設のかたわら、技術者派遣と資材運搬を買って出て
スピラ中を飛び回っていたため、リーグに参加することができなかった。

ロンゾ族もしかり。彼らは壊滅状態に陥った自分たちの国を再建し、
更にはベベルをはじめとする他地域の再建にも積極的に出ていたために、
ブリッツへの参加をほんの一部に限定しなければならなかった。

こういった状況はそれ以外の地域、国家でも大同小異であり、
人々は娯楽の制限を受け入れざるを得ない状態が続いていたのだ。


しかし、娯楽の制限が長く続きすぎると、人々の心は殺伐としてくる。
そして、心が荒れれば労働意欲も減退し、道徳観念が形骸化してしまう。
ユウナはそれを最も心配し、人々の娯楽を復活させようと奔走した。

このようなユウナの行動に対し、真っ先に協力を買って出たのが、
アルベド族のリーダーにしてユウナの伯父・シドである。


シドはまず、各地域の復興状況をつぶさに調べ、
それぞれの再建にかかる費用と日数の見積もりを出した。

そして、それらの都市や国家に対し、ブリッツボールの収益金の一部を
地元にある娯楽施設の復興・建設費用に充てることを条件に、
再建費用の一部肩代わりと、土木機器を含む技術・労働力の提供を提案し、
各メジャーブリッツ球団のトーナメントへの参加を確約させた。
もちろん、自身が所有するアルベド・サイクスの参加も約束した。

そして更にもうひとつ、シドはこのトーナメントに自らの名前を冠さず、
かつてと同じ『エボンカップ・トーナメント』とした。
大会の賞金に、自らの私財を大量投入するにもかかわらず、である。

この破格の申し出に、ユウナは感激の涙を流した。
シドが自分の考えを全面的に受け入れてくれたから、というだけではない。
かつて『悪の親玉』のように人々から蔑まれていた伯父が、
エボンやスピラを嫌っていたわけではないということが分かったからだ。




そしていま、待望の祭典が、ついに再開されようとしていた。
このときを待ちわびたスピラ中の人々が、一斉にルカを目指し始める――。












Round 1 『 ユウナの休日 』











 「なんか、久しぶり」

 「そうだな」

 「気持ちいいなぁ〜。夕日がキレイ♪」


連絡船の甲板で、ユウナは大きく伸びをしながら言った。
そんなユウナを傍らでニコニコしながら見つめているのは、もちろんティーダだ。


3年ぶりにルカで開催されることが決まったブリッツボールの祭典『エボンカップ・トーナメント』。
その祭典に出場するため、前回の覇者、ディフェンディング・チャンピオンのビサイド・オーラカ一行は、
昔ながらのチョコボ動力を利用した連絡船でルカへ向かっていた。


ビサイド島からルカへ行くには、キーリカ島を経由する連絡船を利用するしかない。
連絡船は早朝にビサイド村を出港し、その日の夕方にポルト・キーリカに到着する。
そして翌日の早朝にポルト・キーリカを出港して、翌日の午前中にはルカに入る。

最後の大召喚師として各地で引っ張りだこになっているユウナは、年に何度もルカを訪れている。
しかし、普段は時間の関係でシドの飛空挺を利用させてもらっているので、連絡船は「久しぶり」なのだ。


3年前、当時の総老師であったマイカが“失踪”して以来、エボン寺院に総老師は存在しない。
加えて、そのとき老師を務めていた者は全員死亡したため、執行部そのものがなくなっている。

寺院は、現在は各地で働く召喚師と僧官が協力し合って運営しているのだが、
そんな彼らの代表として常に民衆の前に立っているのがユウナである。

今回のトーナメントも、『エボンカップ』と冠名がついている以上、
大会実行委員のトップは必然的にユウナが務めることになる。


そんな“公人”ユウナにとって、
連絡船の甲板でティーダと共に過ごすプライベートな時間は、それ自体がバケーション。
彼女が今さらながら夕日に感動を覚えるのも、無理からぬことといえた。


 「ちゃんとオハランド様にお祈りしてきた?」

 「ああ。やらなきゃワッカがウルサイからな」


とつぜん思い出したように尋ねるユウナに、ティーダは思い出し笑いをこらえながら答えた。
そんなティーダの答えに、手で口をおさえ、目を「へ」の字にして笑うユウナ。


 「ワッカさん、そういうところは相変わらずだもんネ♪」


オハランドはキーリカ出身の大召喚師で、はるか昔に『シン』を倒した伝説の人物だ。
加えて、彼はかつてキーリカ・ビーストで活躍したブリッツボールの名選手でもあり、
キーリカ・エボン寺院に祀られている像は、キーリカ・ビーストのみならず、
すべてのブリッツ選手の守り神として必勝祈願の対象となっている。

ワッカはブリッツボールを始めてから今まで、毎年オハランドへのお参りを欠かしたことがない。
信仰心の厚い彼は、特に大会前には熱心に必勝祈願をすることで有名だ。
そしてそれは、ビサイド・オーラカの選手たちにも半強制的な義務となっていた。
もちろん、ティーダとて例外ではない。


 「しっかし、よくもまぁ、あれだけ熱心にお祈りできるよなぁ。
  あんなに怒ってたのに、エボンのこと」

 「ワッカさん、老師様たちがウソついてたことは怒ってたけど、
  エボンがキライになったわけじゃないんだよ。もちろん私も」

 「そりゃ分かるけどさ」


そう言うと、それまで海の方を向いていたティーダは、
“回れ右”をして甲板の方を向き、手すりに寄りかかった。
そして夕闇が支配しつつある空を見上げ、ひとつ深呼吸をした。


 「うれしいんだろうなぁ」

 「何が?」

 「こうやって、またトーナメントに出られることがさ」

 「そうだね、私だってこんなにうれしいんだもん。
  ワッカさんは、もっともっとうれしいはずだよ」

 「じゃあ優勝したら、もっともっと、もっとうれしいだろうな」

 「そりゃあ……」


言いかけて、ユウナはティーダの顔を見た。そして言葉を切った。
ティーダの目に、強い光が甦るのを見て取ったからだ。
そう、初めて出逢った頃のような、ランランと輝く瞳。
“夢の街”のブリッツチーム、ザナルカンド・エイブスのエースの瞳だ。


ドクン


なぜかユウナは、胸の高鳴りをおぼえた。











1年前にティーダと再会してからというもの、ユウナは幸福感に包まれて生きてきた。


ティーダはウソをつくのが下手だ。
3年前、自分が消え行く“夢”であることを、彼は最後まで黙っていた。
しかし、ユウナには、彼がウソをつけばつくほど“真実”が見えてしまっていた。


 「ウソつくの、下手だね」


作り笑いを浮かべたまま部屋を出て行ったティーダの背中に、そんな独り言を投げかけたこともある。
しかし、それゆえに、ユウナは彼の残した言葉を信じた。


 「はぐれちゃったら、コレ、な? ソッコーで飛んで行くから」


以前ルカではぐれそうになったとき、ティーダは指笛を吹いて見せ、こう言った。
ユウナは彼の言葉を信じた。


『シン』との死闘が幕を閉じ、ティーダがその姿を虚空に消し去って以来、
気がつくとユウナは海に向かって指笛を吹いていた。


それから2年。


『指笛の召喚』が効いたのかどうか、それは分からない。しかし、彼は帰ってきた。

帰ってきてからの彼は、ブリッツボールの練習のとき以外、いつもユウナの傍らにいてくれた。
ユウナは、彼の前向きな言動にどれだけ励まされたか分からない。
自分がエボンの代表として激務をこなしてこられたのも、彼の存在があったからこそだ。

しかしユウナは、そんなティーダにどこか違和感も覚えていた。
今のティーダは優しすぎる。いや、優しいこと自体は変わっていないが、
出逢った当時にあったギラギラした感じが、どこかへ行ってしまっていたのだ。

「年齢と共に丸くなった」というには、まだ互いに若すぎる。
ぜいたくすぎる悩みとは知りながらも、ユウナは人知れず悩んでいた。


それが、先ほどからの何気ない会話で、ティーダに変化が現れた。
天性のブリッツプレーヤーとしての本能が、再び目覚めたのだろうか。


 「ジェクトさん……」

 「んあ?」

 「えっ、あっ、なんでもないよ!」


ユウナは思わず、ティーダの父・ジェクトの名を呼んでいた。

ジェクトは今から13年前、夢のザナルカンドからスピラへ連れてこられ、
召喚師として修行の旅に出ようとしていたユウナの父・ブラスカのガードとなった。
そしてブラスカに究極召喚をもたらす祈り子として自らの魂を捧げ……結果、新たな『シン』となった。

そう、ユウナたちが倒した『シン』は、ティーダの父・ジェクトだったのだ。

一方で、ジェクトは伝説的なブリッツプレーヤーとしても名を知られていた。
「ザナルカンド・エイブスのエース」とは、もともとジェクトの呼び名である。

もちろん、スピラにおけるジェクトは、単なるガードにすぎなかった。
しかし、ある“草ブリッツ”の会場で気まぐれに見せた彼のフィニッシュシュート、
『ジェクト様シュート3号』があまりに強力で、あまりに鮮烈で、そしてあまりに正確無比であったため、
そのウワサが口づてに伝わり、ブラスカが『シン』を倒し大召喚師となるに及んで、
ジェクトも伝説のガード、そして、伝説のブリッツプレーヤーとなったのだった。


 「オヤジがどうかしたのか? いま名前、呼んだろ?」

 「う、ううん」


ティーダに訊き返され、ユウナは言葉に詰まった。

出逢った頃、ティーダはジェクトを嫌っていた。憎んでいたといってもよい。
『シン』との決戦を前に2人は和解したとはいえ、その頃の記憶が未だ鮮明なため、
ユウナとしてはティーダと2人でジェクトの話をするのは憚られたのだ。


 「どうしたんだよ?」

 「な、なんでもないよ。ただ……」

 「ただ?」

 「いまのキミの目、ジェクトさんの目と同じだな、って……」

ユウナはティーダと視線を合わさず、自分の感じたままを話した。
ティーダからの反応はない。

不安になったユウナは、おそるおそる顔を上げた。


 「!!」


ティーダの顔を見たユウナは、一瞬わが目を疑った。
そこにあったのは、自分を見つめるティーダの笑顔だったからだ。


 「ありがとな。けど、“同じ”ってのは訂正してもらう。
  いまはオヤジより俺の方が上だからな」

 「あ……」

 「ユウナはオヤジさんを超えた。
  生きたまま大召喚師になったんだから、間違いないだろ?
  だから俺もオヤジを超えたいって思った。それで超えた。
  そいつをこの大会で証明する」


理屈になっていない気もするが、ユウナにはそんなことはどうでも良かった。
ただ、ティーダがジェクトのことを肯定的に捉えていることがうれしかった。
そして、スピラ中で“女神”扱いされている自分を、彼がどこまでも同じ視線で見てくれているという事実も。


 「う、うん! じゃあ、質問です。この大会の目標は?」

 「精一杯がんばる!――な〜んて、俺は言わねーぞ?
  ビサイド・オーラカの目標は……」


 「優勝だ!」


 「きゃっ!」 「わぁっ!」

いきなり横から投げかけられた大声に、2人はとび上がった。
声の主は――ワッカだった。そして彼の背後には、ビサイド・オーラカの面々が並んでいた。

やたらサワヤカな笑顔で、ワッカが右のコブシを高くあげ、再度確認するように言い放つ。


 「ビサイド・オーラカの目標は優勝だ。これ以外にねぇ!」

 「「「「「優勝だ、優勝だ、優勝、優勝、優勝だーっ!」」」」」


いちいち声をそろえて叫ぶのが好きなオーラカ一同が、
ワッカと同様、コブシを突き上げて「優勝」を連呼した。


 「よぉーっし、燃えてきたぁ〜!
  景気よくルカに乗り込んで、タイトル防衛と行きますか!」

 「おうっ、たのむぜエース!」


両手のコブシを握り、やる気マンマンで意気込むティーダの背中を、ワッカがドンと叩いた。











Continues to Round 2

 

 

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